中学

最近はやたらと過去を振り返っています。24歳で過去がどうした、という感じなのですが振り返ってしまうものはしょうがありません。僕が最初に熱中したのは囲碁でした。ヒカルの碁ブームで小2くらいで囲碁を始め、最終的に小6にて6~7段くらいになったのですが辞めてしまいました。囲碁にもっともハマッていたピークは小5の時で全国大会に出場して自分より幼い子にボコボコに負けてしまい悔しくて家に帰ってから自分の部屋に「特訓中!入るな!」という張り紙をして一日中部屋にこもり色んな人の棋譜や詰め碁を解いたりしてました。

おそらく当時から僕はこの「缶詰」という状態が好きで小6の時も「囲碁の特訓で部屋の中にこもり続ける」という行為自体にテンションがあがっていたんだと思います。色んな棋士のエピソードで「負けてからは部屋の中に碁盤と碁石だけ置いてひたすら一人で碁の研究をしていました。気づいたら朝になっていたりしてそのまま寝て、また起きて碁の勉強をして、、」というような話をしているとその感じにゾクゾクとして(今でもテンションがあがります)自分もやってみたい!!となっていました。

しかし当時僕はデブの小学生だったので、いざ缶詰状態になっても昼ごろになるとわざとフラフラしたかんじで部屋から出て行き買い置いてあるプロ野球チップスを何個か部屋に持ち帰りバリバリ食って、食べ終わると少し疲れてしまい世紀末リーダー伝たけしを読んで気づいたら寝ているという子供フリーターみたいな過ごし方をしてしまっていた。もちろん囲碁はあまり上達せずに、中学に上がるときに辞めてしまいました。なぜ辞めたのかというと、僕は中学にあった剣道部にどうしても入りたかったのです。細かい動機などは覚えていないのですが、剣道は中学から初めてもそんなに差が生まれないスポーツなのと「剣道」というかっこいい響きにやられたんだと思います。

そこで僕は剣道を始めるのですが持ち前の運動神経の無さでまったく上達せず、一年後に入ってきた後輩達が全員小学生の頃から剣道をやっていたというエリート集団で先輩の中で特に僕が集中的に舐められまくり僕は僕で真面目に練習に取り組めばいいものを普段から冗談をして後輩を笑わせてなんとか尊敬されようという方向に舵を切ってしまいますます尊敬されなくなり、ある日急に尻を出しながら武道場に入っていくというつまらない冗談をやっている時に後輩から「木田マジでちゃんとやれ。つまんねえから」と怒られた時に否定された悲しさで泣きながら武道場を飛び出し、突然顧問の先生に「後輩達が一切僕に敬語を使いません!ビシッと言ってください!」と涙ながらに訴えるという気の触れた先輩になってしまいました。いきなり尻を出して武道場に入ってくる先輩なんてそれは当然尊敬されるわけがありません。当時の僕にはそれがわかりませんでした。

そうなる前、中学に入った時の僕はここから何かまったく新しいことが始まる、という期待と確信に包まれて生活していました。

一度だけ、これは今までの24年の人生の中で本当に1度だけなのですが例えではなく本当に目の前の風景がキラキラと輝いたことがあります。それは6時間目の授業が終わり、荷物をまとめ靴箱で靴を履き替え入部して2回目くらいに武道場に向かっている時僕の少し先のテニスコートのとこらへんに同じく1年で入った野口君と竹内君がいて「木田はやくいこう」とこちらに手を振ってる時に一瞬風景全体がキラキラとしたのです。

あ、今めちゃめちゃキラキラしたとハッとした時にはキラキラは消えてしまいましたがあれは何だったのでしょうか。おそらくですが、そのこれから何かが始まるという期待感や中学校というまったく未知の場所での緊張など、色々なものが混ざって視界がキラキラになったのだと思います。未来は尻を出し続けて後輩にキレられることになるのに。

思えば一瞬一瞬、何でこれを覚えているんだ?という人生の瞬間が何個かあります。僕の場合は保育園の散歩の時に僕の目の前の木にセミがいて、クラスのやんちゃなよしひろ君という子が「木田!それ捕まえろ!」と言ってきて皆が大いに注目してる中で緊張しながらセミを捕まえようとしたら焦りすぎて逃げられてしまい皆が落胆、よしひろは「あーあ。こんなことなら木田に頼まなければよかった」とキレて僕は悲しくて黙ってしまった、というのがあります。

これはたぶんよしひろ側はおそらく覚えていないだろう出来事ですが、僕は今でもたまにお笑いライブや普段などで「じゃあ木田やってみよう!」などと振られたりしたらそれが一瞬頭によぎったりします。

あと食い意地が張っている、と最近評されることが多いのですが保育園の時に僕は散歩していてかたつむりを捕まえて食べたりしていたらしいので小さい頃から最悪だったらしいです。成長したほうです。なんでかたつむりを食べたの?と聞いたら「おいしそうだったから」と怖いコメントをしていた、とも聞きました。僕自身はそれはまったく覚えていないのですが親が怖かったそうで強く覚えているらしいです。

三つ子の魂百までと言いますが、本当にそうな部分はあるのでしょう。キラキラを起こすような毎日を過ごしてみるよう努力します。

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by akuta-seiryou | 2017-11-27 12:08 | 思い出 | Comments(0)


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