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彼女ができました

僕に彼女ができました。
なんでこんなことを書いているのかというと、僕は高3の頃から21歳である今もある後輩の男の子の事がとても好きで、それについてブログに書いていたりしたので彼女ができたこともここに書いておこうと思ったからです。このブログの前の記事にも書いてあるのですが、僕は地元の後輩の美少年の子が非常に好きです。
ここで「好きです」という言葉を使っているのは、今もその地元の男の子の事は好きでその子との関係性を大事にしたいと思っているからです。しかし、とても勝手な考えかもしれないのですが今の彼女のことも好きで大事にしたいと思っているのです。いきなりこんな事を釈明のように書き出しても何が何かわからないと思いますので少しだけ順序を追って書いていきたいと思います。僕は3~4年ほど前にある映画の専門学校に通っていました。僕と今の僕の彼女は最初その専門学校で出会いました。僕は1年目が終わろうというころに(なんだかこの学校はカメラを使う授業が多いな)とボンヤリ思い始め、それとなく先生に聞いたところ「この学校をでたら最終的にカメラとかアシスタントの職ににつくことが多い」という様な事を言われ、映画の脚本家を目指していた僕は「知りませんでした。すいません辞めます」と言って今なお僕の首を絞め続けている奨学金約200万円という爆弾が残るということには気づかずにその学校を辞めました。その1年後に僕の彼女は在学中に撮ったドキュメンタリーが評価されて大阪の小さい映画館とかで上映されたりして同級生たちと一緒に無事卒業しました。

しかし在学中は僕と彼女はそこまで喋ったことがなく、ただ他人から彼女が銀杏BOYZが好きだという情報を仕入れていた僕は「あんなステージの上から客にフェラチオさせるバンドが好きな女性なんだったらならだいたいのことは手伝ってくれるだろう」というひどい偏見のみで、ちょくちょく自分の映像を撮る時の手伝いを頼んでいました。僕の映像作品に出てくれる女子中学生を捕まえるのに一緒に奈良県のスーパーにきてもらったり、映像を完成させる上で女の裸が必要だと思った時に「裸になっておしろいを塗って踊ってくれないか」と全然才能のない若手AV監督のような要求をしたりとそれ自体は結構大変なことをお願いしていたのですがそれ以外は会話をしていた覚えがあまりなく今考えるとただただ迷惑をかけていたなと思って恥ずかしくなるだけなのですが終わったことなのでなんとも言えないです。そして僕はその時ちょうど後輩の美少年の男の子がとても好きで急に嬉しくなったり急に辛くなったりと情緒がぶち壊れていた時期で、辛すぎて好きすぎて13歳の女子中学生のような精神状態になった日の夜、数少ない連絡先を知っている女性に電話して延々と後輩君はこんなに可愛いという自慢話をして「でも俺は付き合うことができない・・」と落ち込み、通話相手の女の子が「そうだね」などと仮にでも同情のような声色になった瞬間に「女であるお前にわかるわけがない!!!!!」と声を荒らげて電話を切るというヤマンバのようなことをやっていた時期で、おそらく今の彼女にもそれをやってたと思うのですがそれでも彼女は僕と付き合ってくれるという選択肢を選んでくれたのです。

そして僕の彼女は評価の高いドキュメンタリーを撮るだけではなく可愛いのです。容姿がいいのです。どれぐらい可愛いのかというと、可愛さがぶち抜きすぎて銀杏BOYZのPVに少し出ています。銀杏BOYZが好きすぎて銀杏BOYZのPVに出たことのあるという即戦力実力派です。そんな人が僕の、僕のといっても僕の容姿なんか知らないと言った方がとても多いと思いますので書きますと顔はかっこよくなくて体型は太っていて女だけじゃなくて男も好きという文字だけで書くと死後に合う責め苦のような人間を好いてくれているというのは本当にめちゃくちゃ貴重なことだと思います。そしてどちらが告白したの?というフレッシュな事柄に対して書くと僕から告白しました。僕は人間はどんな形であれ自分がイメージする幸せに向かって生きていくとより自分にとって辛いかもしれないですが楽しく生きていけると考えています。21歳現在。

僕がまず思う大きな幸せとは、自分の才能でご飯を食べられるようになるということです。僕が自分で感じている自分の才能は「様々な種類のおもしろいことをイメージして、それを文字や映像やなどで自分の外に出す」ことです。それを活かしてご飯を食べられるようになるという事を実現するために脚本家を目指して映画の専門学校に入学しました。しかしそこで(このまま卒業しても自分のイメージとは遠そうだぞ)と思って学校を
辞めて、大阪で一人暮らしを始めて脚本や小説の公募などを手当たり次第に送りだしました。そんな日々が1年近く続いて、色々とあって今の相方の船引さんと一緒に東京に出てきました。東京に引っ越してきた時は”お笑いをする”という選択肢はあまり無かったのですが「お笑いで頑張って事務所などに入れれば自分のやりたいことに近づけるかも」と考えてお笑いをやりはじめました。今はマセキ芸能社という事務所のオーディションに通っています。毎月結構な数のオーディションを受けに来る人がいるなか、何とか合格を重ねています。是非ライブ来て欲しいです。
僕が次に思う大きな幸せは自分が大事にしたいと思う人を大事にし続けられることです。後輩君であったり、彼女であったり、身の回りの面白い人たちであったりといった人たちを大事にしていくことはかなり幸せだと思います。しかし僕の中で「後輩君を自分の精神を安定させた上で大事にすることができる」というのはかなりの難易度のもので、例えば向こうが学校の友達と付き合いでカラオケに行った話を聞くだけで京都のブックオフの片隅でしっとりと泣き崩れて座り込んでしまったというくらい安定がしていなかったのです。大阪にいたときに紹介でしか人を占わない占い師に後輩君と僕の関係性を聞いたときに「向こうのほうからあなたとの関係を切ることはない。関係を切るとしたらあなた。裏切られる前に裏切ってやるとなってあなたが関係を切る」とズケズケととんでもない未来予想図をされたことがあるのですが、そんなことする訳が無いという気持ちはとてもあるのですが、正直その気持ちはとてもわかるというところがあって、実際後輩君に彼女ができてしまった時に「僕とのことなんかもう全部どうでもいいもんな。彼女できて忘れるやろ」という糞重いブス女のような電話をかけてしまったという実績もあって(後輩君はその時に返事で「そんなことないよ。木田さんは木田さんだから」という返事をしてくれました。天使です)自分がそういう精神性を少しばかりは持っているというのも十分自覚しているのです。こんなことではもしも後輩君が結婚などしたら正気でいられるわけないし、想像するのも怖すぎます。

そこで、ではどうしたら安定できるのかと考えると、後輩君を好きで大事にしたいと思う感情の方向とはまた別の方向で好きで大事にしたいと思う人ができればいいなということで、僕のことを面白いと思ってくれて、後輩の男の子の事が好きなことも理解はできないかもしれないけど意味は汲み取ろうとしてくれて、気立ての良い
女性がもしいれば「彼女」という存在として一緒に過ごしていけるのだろうという家賃2万円で5LDKに住みたいというようなことを思っていたら、ホントに現れたという感じです。


あーーーーーーーーーーーーーーー幸せになりてーーーーーーなります。終わり
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by akuta-seiryou | 2014-11-15 00:06 | 色々 | Comments(4)