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やきにく

この前初めて僕の両親と僕の弟と僕の彼女とお笑いの相方の船引さんとで晩ご飯を食べに行きました。
なぜそんなメンバーでご飯にいったかというと、以前から両親は「光世の東京でのライブを見に行きたい」と言っていて(光世というのは僕の下の名前です)ちょうど中3の弟が夏休みの時期に両親も仕事を休めたらしいので東京にライブをみにきたのだ。そのライブを僕の彼女も大阪から見に来ていて、ちょうどいいということで両親が「彼女も相方さんも誘ってご飯いきたい」と言い出してまあこんなことなかなかないしなと船引さんに「僕の家族と彼女と晩飯いくんですけどいきませんか?」と誘ったら少し考えて笑いながら「まあネタでいくか」という返事がきたので「他人の家族と彼女と飯にいくことを「ネタ」といわないでください」と怒ったら「・・話の種で」と言い直してくれた。僕の両親と弟と彼女はネタではありません。
それでまあライブ当日になって下北沢駅まで両親を迎えにいって合流、といっても僕は上京して以来だいたい1~2ヶ月に1度くらいのペースで帰省をしているので久しぶりに会って親が老けていたとか実家に住んでいたころとは違う感じで優しく接せれるようになったとかいうのは特になく、21歳くらいの感じでちょっと尖りながら親を会場まで案内していざ準備、出番でネタ披露、まあまあウケてよかったなと思いながらそのまま舞台袖で先輩のネタを見て笑ったりしていて、オオトリの超ベテラン芸人の人が「まん毛」という言葉を短めのメロディーに乗せて24番くらいまで歌っていたのでこれは両親や弟大丈夫かなと思いながらライブが終わりそのまま両親と弟と彼女と下で合流すると、僕の母親がすでに彼女と話していて(あんなにまん毛を連呼された後なのに・・)と思っていると両親もこちらに気づいて「じゃあ晩飯いこか」ということになって近くの焼肉屋に入りました。焼肉屋に入るとゲイになって焼肉屋で働いてる中村雅俊みたいな店員が出てきてネットリした喋り方でいちいち嫌な距離感の言葉を使ってくるなと気にしてしまっていたら、そのゲイの焼肉屋の中村雅俊と目が合った瞬間小首をかしげてニコッと笑われて何なんだこいつは人を小馬鹿にしたような雰囲気を全身からだして焼肉屋で働きやがってとそいつの不自然にテカテカとセットされた髪の毛までムカついてきていい加減にしろと思いながら僕も注文していたら気づいたらホルモン系の肉を大量に注文してしまうというミスを犯してしまっていて、後からゲイの焼肉屋の中村雅俊が大量のホルモンをどんどん卓上に持ってくる様はあまりにも壮観でもうなんだか人を呪わば穴二つというのか勝てない参ったという気持ちになりました。肉もきてビールもきて乾杯をして喋りながら今日のライブの話になり、母は「最後の人のネタ、もういいっていうラインがあってそこを超えてまだやるかっていうとこまでこられておもしろかった」と言っていて、父は「若い時は笑えたやろけどなあ~。年とってもうたら笑えへんわ」と言っていて、それを聞いた母が「お父さんは恥ずかしいねん!笑うの!な!恥ずかしくて、笑えへんねん」と言っていていやさすがにそんなことないやろと思って父を見ると恥ずかしそうにうなづいていてほんまに恥ずかしくて笑えへんかったんかいと笑っていると、急に母親が「あのなあ・・」と切り出してきて何を話し出すのかと思ったら「光世もな、たぶん発達障害やと思うねん」といきなり彼女と相方の目の前で実の母親から発達障害者宣言を受けました。なんでこいつは今このタイミングで僕が発達障害かどうかを白黒させにきてるねんと言葉を返せずにいると「なあ?光世の部屋って汚いやろ?」とヘラヘラしながら船引さんと僕の彼女に向かって喋りだして、その後も僕はすぐにゴミを拾ってくるや様々な母が僕のことを発達障害だと思う要因を喋りだして特に何のフォローもせずに会話を終わらせたのはビックリしました。
しかしその「光世も」という言葉の「も」に関してなのですが、僕の父も僕の弟も実はADHDという発達障害でまあその計算というか公式をあてはめると僕が発達障害ではないという可能性のほうが少なくて、というか以前弟の通っていた病院の先生と少し話しただけで後日先生が僕の母親に「お兄ちゃんもADHDですね」と断言されたという話も聞いた覚えがあるので、医者の断言ほど信用できることはないけどまあ自分では日常生活に支障はないから大丈夫と思っていました。一口にADHD、発達障害といっても症状はひとそれぞれらしく、コミュニケーション面にそれが強く出てしまって人とまったく会話ができない人もいれば全然コミュニケーションは問題はないけど他でちょっとしんどい部分がある、などなどあるらしくまあよくは知らないのですがそんなものは全員大なり小なりあると思うし別に僕が特別他と比べて生きづらい訳でもないからわざわざ名前をもらう必要はないと思うのですがやっぱり母親から直接そう言われたら気にしてしまう部分もありそのあとのホルモンがあまり食べれませんでした。それでまあ店をそろそろ出ようかという雰囲気になると、そのゲイの焼肉屋の中村雅俊が「関西からこられたんですか?」と喋りかけてきて、何個か喋っているうちにああ別に全然悪い人じゃないしむしろいい人だったと思って勝手にゲイの焼肉屋の中村雅俊と思っててごめんなさいと思いました。まあそれから店を出て両親と別れて船引さんと彼女と弟と帰路につきました。
その日は言われなかったのですが、母親が前から僕に言ってくる僕のADHD的だといって指摘してくる特徴の一つに「しつこい」というのがあり、自分では別にしつこいつもりなんてないんだけどなと思っていたのですがそれを言われて最近の自分の行動を思い出したら、2日前に彼女と遊んでいた日の夜立川で映画をみてそのまま立川のラブホテルで泊まろうというのを僕が提案してホテルを調べていると、1泊6000円というその地域では最安値の「きくすい」というホテルを見つけました。ラブホテルの名前で「きくすい」!と強く惹かれて内装の写真を見てみると、きくすいは昔の安いビジネスホテルのような地味で不衛生な雰囲気の内装に不自然なほどにピンク色をしたベッドカバーをかけられたベッドが置いてあり、そのベッドカバーの下の部分には見たことないような書体ででかでかと「きくすい」と書かれているという魅力すぎるラブホテルで「お願いします。今日はここに泊まろう」と彼女を延々と説得したのですが「そんなのがおもしろいの最初だけ」「汚くて狭くてしんどいだけ」と断られ、結局は僕が折れて全然違う高円寺のちゃんとしたホテルに泊まったのですがそこはお風呂も小さいながら檜風呂にしてあってものすごく心地がよくて、檜風呂に入ってぼーっとしながら(きくすいを諦めてひのきぶろ・・)と24時間お笑いモードという感じになってしました。結局僕としても高円寺のホテルに泊まって大正解でしたし、きくすいなんかに泊まったらエッチどころの騒ぎではなかったなと携帯できくすいのレビューを読み直していると「汚すぎる」や「フロントが寝ている」などの感想をみてでも絶対に1回は行ってみたいなという心が再び出てきて唇を噛みました。しかしその「きくすい」に行きたいという気持ちがピークの時の僕のしつこさというのはちょっとおそらくすごかったと思うし、全然まともな判断ができていなかったと思う。これはヤバイな、しつこくしないように気を付けようと思った次の日に出たマセキVSケイダッシュというお笑いライブにて、ライブ前の楽屋で「M-1グランプリ1回戦で落ちましたね!」と今までキレたところを見たこともないし聞いたこともないくらい優しい先輩に40分以上に渡ってしつこく絡み続けた結果、最初は笑いながら返してくれていた先輩なのですが最後には「お前もうちょっと今日しつこすぎる。今日喋りかけるな」と怒らせてしまい、終わったあとに「ほんとにM-1のことでしつこく絡んでしまってすいませんでした」と史上最低の謝罪と反省をしました。
このブログを書く事で強烈な反省にします。終わります。
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by akuta-seiryou | 2015-08-28 19:43 | 日記 | Comments(0)

なんなんだ春花

「お父さんお母さんごめんなさい!」
そう言って春花は父と母の目の前で自分の首に包丁を突き刺した。夕飯時に遅れてリビングにきた娘のいきなりの行動に春花の父と母も動くことができなかった。
春花は自分の首に包丁を突き刺した後どんどんと刃を横にこすりながら自分の首をまるで木のように切り進めていき、やがて完全に首と体を切り離してしまった。本来なら激しい痛みで首を切り落とす段に至るまでに死んでしまうだろうというような強烈な行為を完璧にやり遂げた自分たちの娘の姿に、両親はあっけにとられてしまった動けずにいた。切り落とされた首はゴロンと床に転がっていて、首がない胴体だけがリビングにどっしりと立っている。春花の両親、父と母のどちらもが一歩も動けずにそこに立ち尽くしていると春花の首を切り落とした胴体の腕がゆっくりと動き出し、顔があったとするとおそらくそのへんが口の部分だろうというあたりに人差し指を一本ピンと伸ばし「し~~」というポーズをとった。両親はそれでも呆然と立ち尽くしていると、なんと、春花のちぎれた首の切断面から大きな一本の虹がゆっくりと生え出した。
突然のことの連続に声が出せなくなっている妻を見て、こういうときこそ私がしっかりしなければという思いでなんとか何か声を出そうと春花の父が口を開こうとしたその時、床にころがっていた春花の生首から「キャアアアアアア!!」という声が聞こえた。驚いて春香の父が下を見るとなんと春花の生首がまばたきをして、口を動かして叫んでいる。さっきまではなんとかこの状況を理解して自分の常識の範囲までこの空間を引き戻そうと意識していた春花の父もさすがにこれには面をくらってしまい、またしても声がでなくなっているとその春花の生首から、なんと手が生え足が生えまるで一頭身のアニメマスコットのようになっていった。一頭身のアニメマスコットのようになった春花の生首はもぞもぞと動き出し、そのまま自分の体にしがみついてどんどんと上に登って行きひょいっと自分の首から生えている虹の上に飛び乗った。
そこで初めてアニメマスコットのようになった春花は自分の父や母に向かって喋りだした。
「パパ、ママ。驚かせてしまってごめんなさい。大丈夫?やっぱりビックリしているよね?」
アニメマスコットのようになった春花はその小さい手をおおげさにふってまるで観客に問いかけるかのように喋っている。
「でもね、私、本当にやりたいことがわかったの。ねえ。パパ、ママ。私、やりたいことがあるの!!」
こんなアニメマスコットのようになる前の春花は「お父さんお母さん」と私たちのことを呼んでいたし、こんな芝居がかった口調で何かを訴えてくることなんてなかったはずだ。もちろんそういう段階の話を言葉に出す前にまず様々な疑問を片付けないといけないのは理解していたし、それらをおいたまま「お前、そんな姿になる前は私たちのことを「お父さんお母さん」と呼んでいただろう。それにその芝居がかった口調はなんだ。自分の意見を必要以上に演出するんじゃない」と父としての説教をしてしまうと、それ以前の事柄、いきなり首を切り落としたことやその胴体から虹が生えたことそして春花の生首から手と足が生えてそれが今喋りだしていることを認めてしまうことになるので口に出すことはできなかったし、そもそもまだ自分の口は思うようにも何も動かなかった。
「パパ、ママ、ごめんなさい。春花は悪い女の子かもしれない。でもね、聞いて!春花、ほんとうに、心の底から、やりたいっておもうことができたの!パパ、ママ、この声、届いてる?」
春花は自分の胴体から生えている虹の上に乗ったまま身振り手振りをつけて語りかけてくる。
「あのね・・・やりたいことって・・・えっと・・パパ!ママ!ごめんなさい!!」
そういって春花は走って虹を昇っていった。虹は天井の近くの窓を突き抜けて伸びていて、春花は器用にその窓を開けて外へと続く虹の上を走っていってしまった。
春花の父は我に返って大急ぎで春花を追おうとして、妻のほうを向くと目をあけたままボウっとしていて気を失っているようだった。春花の父は今は妻も心配だが春花をそのままにしておく訳にはいかないと判断して、妻を椅子に座らせると自分はそのまま玄関を出て外に出た。
外に出て自分の家を見ると天井から虹が突き出ていて、その虹の伸びる少し先に春花が走っているのが見えた。すぐに自転車に乗って春花が走っていくさきを追いかけた。追いかけながら地上から春花に声をかけた。
「おい!!春花!!お前のやりたいことってなんだ!!」
春花はちらっと地上の父のほうをみるだけでそれには答えない。春花の父は気がふれたかのように叫びちらしながら上で虹の上を走っているアニメマスコットのような春花に声をだしつづけた。
「春花!!春花!!!おい!!どこにいくんだ!!答えてくれ!!」
それでも春花は答えない。
どれくらい春花を追いかけただろか、気づくともう空は夕焼けがかかりだしていてまったく見たことのない場所にきてしまった。目の前にはバイクの教習所らしき施設がある。すると春花はそこでピタッと走るのやめた。よく見ると虹も目の前の教習所の中で終わっている。春花はその虹の終わりのところにするすると降りていくと、父にここまで入ってくるように手招きをした。
春花の父がその中に入ると、春花はバイクに乗っているような仕草をしながら喋りだした。
「パパ・・・・ごめんね。私のほんとにやりたいこと・・それはね、大型バイクの免許をとることなの!!」
春花は手でエンジンを吹かすふりをして体を小刻みに左右に揺らし風を感じているような表情を作った。
「ねえパパ!ママにも言わなきゃいけないけど、私、大型バイクに乗ってみたいの!私の、ほんとにやりたいこと!それが、ずっうっと言いたかったの!!」
春花の父が何も言えないでいると、向こうから大きなバイクに乗った白いヘルメットを被っている男が近づいてきた。
そのバイクはどんどんこちらに近づいてきて、目の前の春花を引き潰してしまった。
男はヘルメットをとると少し不信がりながら「あの、あなた、うちの生徒さんですか?もう今日は終わってるんだけど・・」と言ってきた。
春花の父は息を吸いながら、やっとその日初めて自分の意志と意識を保ちながら「なんなんだ春花」と言った。


おわり
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by akuta-seiryou | 2015-08-19 14:28 | 色々 | Comments(0)

高校野球

すっかり夏になった。夏にはあまり良い思い出はない。高校時代僕は野球部に所属していたのだけど、野球部の夏といえばそれはもうある種地獄そのものだった。
僕のいた学校は野球部が10人しかいない弱小校だったのだけど、そんな学校でもやはり練習はそれなりにしんどかった。僕は他校の監督から「あの選手はなんなんだ」と逆スカウトが入るくらい野球が下手だったので10人野球部での補欠だった。しかしどれだけ下手でも部員が10人しかいないので練習が回らなく、僕はレギュラーの皆に交じって練習をさせてもらっていた。下手くそな野球部員がレギュラーに交じって練習をするときに何が一番つらいかというと「形式ノック」だと思う。野球にあまり馴染みのない人は聞きなれない言葉かもしれないので説明すると「練習の段階でランナーもつけて実戦さながらの状況で監督がノックをする」というものだ。例えば1アウト3塁という状況で監督が「ライト!タッチアップ!」と叫ぶ。そして監督が打ったフライをライトが捕球してホームめがけて返球。というような練習だ。この練習は守備陣全員にある程度の野球スキルがないとなかなか成立しない。まあある程度といっても外野はしっかりとフライを捕球できて、内野はゴロを正確に捕球できるという程度であればそこまで支障はない。しかし僕は高校野球ではありえないくらいまったくフライが捕れなかった。野球のフライというのは、空中から落ちてくるボールの位置を素早く予測しその下まで走っていきがっちり捕球。という今でも僕にはまったく理解できない境地の感覚を体で覚えていないとできないのだ。そんな中、監督はライトの僕に向かって「1アウト3塁! ライトタッチアップ!」と叫んで容赦なくフライを打ってくる。監督に対しての返事は「はい!」か「いえ!」しか用意されていないので「ライトタッチアップ!」と叫ばれれば「はい!!!」と僕も大きな声で叫ぶしかない。こちらに向かって白球が飛んでくる。どこに落ちるかはまったくわからない。僕はだいたいの目星をつけてこのへんだ!と思うところに行くとボールは僕の頭をどんどん越えて後ろに落ちていく。
タッチアップというのは外野がフライを捕球しないと始まらないプレーなので、もちろんこれでは1アウト3塁タッチアップの練習にはならない。僕はすぐに「すいません!もう1回お願いします!!!」と叫ぶ。監督が「1アウト3塁!ライトタッチアップ!」と叫んで僕に向かってフライを打ってくる。僕は次こそは後ろに逸らすまいと思い切り後ろにダッシュして落下地点を予測すると、ボールはとっくにかなり前に落ちていた。このへんになると先輩がイライラしてくる。それもそうだ。こんなにくそ熱い中、僕が簡単なフライを捕球できないせいで練習が止まっているのだ。僕はやばいと思ってかなり大きな声で「すいません!!!もう1回お願いします!!」と叫んだ。すると監督は僕に
「木田はフライはもういい!ゴロいくぞ!ゴロをホームまで返球!わかったな!」と叫んできた。僕もさすがにゴロなら何度かさばいたことのあるから「はい!!!!」と叫び監督のノックを待った。すると1塁と2塁の間を抜けてゆるやかなゴロが転がってきた。僕はこれをキャッチしてしっかりと返球して失った評価を取り戻そうと白球に向かってダッシュした。その時、暑さやフライを追いかけた疲れや緊張などで足が絡まってしまい、僕はそのまま自分の足にひっかかって外野グラウンドにこけてしまった。こけた僕の横を白球はコロコロ転がりぬけていった。僕は急いで立ち上がろうとすると少し前に割った右足の膝の皿が激烈に痛みだし、これはもうしょうがないと思いやる気だけは見せようとあらんかぎりの大声で「すいません!!!膝の皿がおそらく割れてしまいました!!」と叫んだ。監督は呆れた顔をして「次!センター!」と言ってノックが始まった。ベンチのほうからマネージャーがきてくれて右足の膝の皿が割れた僕を肩にかついでベンチまで戻ってくれた。次の日病院に行くと膝の皿は全然割れていなかった。学校に行き監督に「割れていませんでした」と報告すると「わかった」と言ってくれた。

僕は高校時代3年間ずうっと監督が怖かった。何度も監督の前で泣いた覚えがある。
おそらく高2の時に僕が深夜に友達何人かと外で遊んでいた時に、通りかかった警察に止められ友達がカバンの中のタバコを見つけられたか何かで一緒にいた僕も学校名や住所を控えられて「学校に連絡するから」と言われ先輩の春の大会が近かったので出場停止などになるのではと焦り次の日の朝5時に学校に行って監督が来るのをずっと待っていて学校にきた監督に「すいません。昨日深夜に外で遊んでたら警察に止められて注意をうけました」と言うと静かに「お前はもう野球部辞めたいねやろ?」と言われ「いや、辞めたくないです」「なんでやねん。辞めてええよ。春の大会前にそんなことしてるやつは辞めたいねんて」「いえ辞めたくないです」を何度か繰り返してしばらくそのままにされていてなんて情けないことをしてしまったのだろうという後悔と監督の静かに怒りながらも足はワインをつくる工程くらいのスピードでの貧乏ゆすりプラス手で鉛筆を怒りにまかせてへし折っているという姿に今日こそ殺されると本気で思ったら目からポトポトと涙が落ちてきた。今まで生きてきて目の前の人間にたいする純粋な恐怖で涙を流したのはその時が初めてだった。
合宿のときの夜ご飯の時にチームのメンバーとマネージャーと監督で晩御飯に王将を食べにいって、マネージャーが調子に乗って頼みまくった余った天津飯や餃子を監督に「残さず食べろ」と言われがんばって食べたけど食べきれなかった餃子をナプキンに包んで帰り道歩きながら食べて、なんとか食べ終わったときに「よくやったな」と褒められて嬉しくて泣いてしまった。話の中に餃子が入っているからややこしいけど見事な飴と鞭だった。
これだけつらつら書いていると嫌なことばっかりで最悪だったのかなとなってしまうと思うのですが、僕はその監督が大好きで全然ちゃんとしてなかった僕に「木田は高校卒業するまでには俺がちゃんとできてるようにしたる」と言ってくれてかなり怒ったりしてくれて少しはちゃんとなったと思うので感謝しかないです。しかしこう書いてる最近でも、先日お笑いライブの企画会議をしている時に船引さんが企画の説明をしている時、音楽を流して黒人の女がやる感じで腹でノリながら聞いていたらマセキ芸能社のフカミドリというコンビの杉山さんという先輩が「お前聞いてんのか」とキレてきて、僕は普段のネタ合わせのときはちんこを揉んで乳首を触りながらしていても船引さんに注意は受けないのでなんでこれくらいで怒られたのか一瞬まったくわからなかったということがあり、ああやっぱりまだあんまりちゃんとできてないなと監督に申し訳ない思いでした。
あと最後に僕らの代の夏が終わったあと、監督に「3年間ありがとうございました」と言いにいこうと思い監督の車の前で待っていたら向こうから監督がきて、いざ前にきたので帽子をとって「3年間..」と言った瞬間にそれまでまったく泣くような気持ちにはなっていなかったのにボロボロ涙がこぼれ落ちてきて、それが全然止まらずにドバドバ涙がでてきてまったく喋れなくなりそれをみて監督も泣いてくれたというのがとても覚えています。アスファルトは熱くて僕のエナメルバックも夏の熱でめちゃくちゃ熱くなっていてうわー高校野球終わった。と思いました。高校野球もっかいやりたいな〜。おわり。
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by akuta-seiryou | 2015-08-04 04:46 | 思い出 | Comments(0)