<   2015年 12月 ( 2 )   > この月の画像一覧

4年だ

ツイッターを見ていたらアイドルが引退する直前に「たとえわたしに何の肩書きも才能さえもないとしても、わたしのこと見つけ出して、好きになると言えるかな?」という歌詞を書いてちょっと話題になっていたというのを知りました。僕の好きな男の子、後輩君も約2年前にバイト終わりに2人で歩いて帰っていたところ急に「僕の顔が、可愛くなくても、木田さんは今みたいに僕のこと好きになってた?」と聞いてきたことがあり、アイドルの歌詞レベルの日常会話をはけるというのはすごいなと思った。歌詞のほうは「まっさらなわたしだとしても、好きになるって言って欲しい」と続くらしいのですが、僕の方は「正直顔が可愛くなかったら今みたいな感じで好きにはなってなかったと思うけど、性格も好きだから仲のいい友達には絶対なってたよ」というふうに答えて「そっか。よかった」という返事をもらって沈黙。という女が撮ったゲイの映画のワンシーンみたいな感じになった。そもそもが僕と後輩君が出会ったのはお互い高校生のころで今僕が22歳、向こうが21歳でもう4年近くたっている。3年前の僕は後輩君が当時通っていた専門学校の友達と一緒にカラオケで遊んできたというメールが届いただけで、ラップバトルのために行っていた京都で時間を潰すために入ったブックオフの片隅で泣き崩れて座り込んでしまい、数時間後そのままエントリーしていたラップバトルに出て半泣きの状態でバトルをしてボコボコにされて実家の奈良に帰る終電もなくなった深夜の京都の鴨川沿いに座って後輩君が何を歌ったのか想像しながらまた泣きまくるというメンタルの弱すぎる女のラッパーのような暮らしぶりを送っていた。
その後も(僕と後輩君は同じバイト先だったのですが)後輩君と喋っているバイト先の女を見つけるとそこまで行って「二度と後輩君と喋るなアホ女」と挑発したり、終わりの方には後輩君と喋っているバイト先の男の友達にも「男が喋りかけるな」と意味のわからない注意をしたりしていた。しかし後輩君はその女の子にも「ごめんね。木田さんは悪い人じゃないから」と謝ってくれたりしていて、頭が上がらなかった。そしてまあそれら以外にもそのようなことが多々あり、奈良にいたらヤバイなと思って後輩君から離れた土地の大阪で一人暮らしをしたりしていた。しかしここでも困難なことが多く、困難なことというのは後輩君が当時通っていた専門学校が僕の住んでいた地域から自転車で約15分くらいのところにあるというものでこれが僕を多いに苦しませた。気軽に会えないようにわざと奈良から大阪まで引っ越したのに、なぜ家から15分自転車を漕げば後輩君の通っている学校に着けてしまうのだ。僕はしばらくは我慢していたのですが、やはりこれはもうどうしようもないと思い、奈良から大阪のその専門学校に通うには使うであろう駅を調べて朝の7時~11時くらいの間中、その駅から学校までを結ぶ直線距離を偶然を装って出会うために自転車で延々と往復していた。
後輩君に会うまで往復し続けるストーカーシャトルランを延々と続けていて、やっとそこでバッタリ会った時に後輩君が最初に言った一言が「やっぱり」だった。話すと「こんな直線距離の通学路、いつかは木田さんが見つけて偶然を装おって会いに来ると思った」というようなことを言われて直線距離の通学路にとても感謝した。みなさんは(こんな直線距離の通学路だったらあの人は簡単に見つけて偶然を装おって会いに来る・・)と思ったことありますか?そこでまあ久しぶりに会い、学校に向かうまで喋っていたのですが後輩君はこちらを一切見てくれず「なんでこっち見て喋ってくれへんの?」と聞くと前を向いたまま「横をむいて喋ってたら友達やと思われるから。前向いたまま喋ってたら最悪学校の友達に見られてもしつこい勧誘やと思うと思う」と言われて学校の友達に隠されているという事実にちょっと悲しい気持ちになりながらもまあなるほどと思ってそのまま喋り続けた。初日は久しぶりに会って喋れて最高に良かったな~と思って家に帰ったのですが、その日の夜寝るときになると朝にその子にあった分本当に嫌な悲しい気持ちになってしまい、その翌朝も6時30分ごろに起きて自転車をこいでストーカーシャトルランに向かった。そういうのを繰り返していると、その待っている時間を上手く使えないかという感じになっていき、その後輩君との待ち時間に聴く様の落語のCDをipodに入れたり、小腹がすいてコンビニでおにぎりや飲みものを買ってしまいお金がなくなるのをふせぐために家から水と自分で握ったおにぎりを持って行ったりして健康のためにしているジョギングと同じような感じになっていった。しかしまあどれだけ準備をしても会えない日はあり、そういう日はもう本当に日がな一日暗く過ごした。それでまあしばらく経ってやっと(後輩君と距離をあけるために大阪に住んだのに、毎朝会いにいってどうするんだ)ということに気づいてなるべく会いに行かないようにしよう。と決めた。しかしそれを決めてもそれまでのストーキングのため毎朝6時30分起きという超健康的な習慣は体に染み付いていて目が覚めてしまっていた。起きてしまったら行きたくなる、今行けば会えるかもしれない、いやもう会えないか、などで12時くらいまではそのことで頭がいっぱいで何も手につかなかった。行きたい気持ちと我慢しなければいけないという気持ちがぶつかり合ってそれらを相殺させるために「わーーーーーーーーーー!!!!!」とほぼ毎朝大声を出していたら向かいの部屋に住んでいるいつもスエットを着て外でもチンコを触っているおっさんが廊下でバッタリ会ったときに「大丈夫か?」と心配していつもチンコを触っている手で僕の顔と頭を撫でてくれた。おっさんがいつも外でスエットの中に手を入れてチンコを触っていることよりも僕の毎朝の絶叫のほうが確実に迷惑なので「すいません。ありがとございます」と謝れた。前にこのブログでも書いたのですが、後輩君に彼女ができたというのを聞いたときに大阪当時の僕はもうデロデロになってしまっていて外で叫んで部屋で叫んでという状態になっていた。何が辛いっていうのは当時、確かに自分は後輩君の彼女にはなれない、というのは理解しているし自分のカテゴリーと彼女のカテゴリーはまったくもって別、というのはハッキリわかっていたにもかかわらず「彼女ができた」というのを聞くとえ!!!彼女!!?!?となってしまっていた。僕が何年もかけてちょっとずつ自転車を漕いで色々頑張りながらめちゃくちゃ遠いゴールまで目指しているの真横を思いっきりスポーツカーが抜かしていって、その10秒後にラジオから「速報です!スポーツカーが速攻でゴールしました!!!」というのが流れてくるのを聴くのと似てるというか、自分にだましだまし「いやこの風景をみるのがいいんだよね」や「ゴールって結局目指してる過程がいいんだから」みたいなことを言ってあげている横を「バーーーカ!!!マジで意味ないぞ!!!!」と一瞬のうちに吐き捨てられながら速攻でゴールをされるというのは本当に堪えるもので、というかまあ例えの中で言うとそもそもそのレースはスポーツカーしか参加してはいけないものなのに何故勝手に自転車がエントリーしてるんだという話で、なおかつ直接でいうと女しかダメなのにバイの男がエントリーしてもダメだよという事実をつきつけられすぎてほんとにもう何もできなくなった。俺のマウンテンバイク。まあでも結局自分がそれでエントリーする際に「いや大丈夫です大丈夫です。ゴールとかははい特に考えてないので、風景を楽しみたくて、はい、ほんとに」みたいな感じで係員のストップを蹴って勝手にエントリーしたというのも事実だしそこにいくまで何度もおりれたのにずっとやり続けたということは、それはまあじゃあこういう結果になるのは当然のことでスポーツカーに失礼なことをしていたなと思う。僕がそもそも一番最初に後輩君に抱いた感情は(なんて可愛くて性格の良い子だ)というもので、さらには(この子の中で僕が意味のある存在になりたいな)というものでした。意味のある存在、が必要される存在、というものに変わりそれがだんだん「彼女」というポジションへの嫉妬に繋がっていったというのはこう考えると納得で、その部分に関しては後輩君から彼女についての話を聞いたときに「俳優を目指してるから正直経験で付き合っておきたかったというのもある」と聞いたときにかなり嫉妬や羨ましいという気持ちは薄くなり、僕が抱いていた感情はどういった種類のものなのかと自分で考えていたところ、前に後輩君に「木田さんのせいで僕は誰かがずっと僕を褒めてくれないと不安になるようになっちゃった」と笑いながら言われた後に「でも木田さんと会えてよかった。会ってなかったら今みたいな僕じゃなかったと思う」というのを言われた時にかなり嬉しい気持ちになってその後に色々思ったあと(後輩君が幸せに人生を過ごしてほしい)と思った。それを経て僕はもしかしたら親になりたかったのかと思った。後輩君が彼女と付き合うのは娘が嫁にいくのを嫌がるお父さんの気持ちに近いかもと言われれば近いかもしれない。会いたいのを我慢して部屋で叫んだりしていたというのを振り返ると親のバケモノみたいになってしまっていたのだけど、今のところこれがかなり近い感情でかなり自分の中でもしっくりくる。この前テレビの企画で後輩君ともしかしたらロケに行って2人で地上波に出れたかもしれないという話があったのですがダメになってしまい、ネタ番組のオーディションに落ちるより凹んだ。僕は最初のかなり大きなきっかけとして”後輩君とテレビに出る”という目標のためにマセキに入るため頑張ったのでつい飲んでるときに「なんのために芸人やってるのかわかってんのか」と熱い芸人の感じで人の前で愚痴をこぼしてしまって向こうはまさか「自分の好きな後輩の男と合法的に一緒にいれるため」とは思わず「もっとおもしろいネタをつくって頑張れよ」と言ってくれた。ごめんなさい。ネタの話ではありませんでした。僕はあらゆる手段でお金を稼いでお金持ちになって幸せな家庭をつくります。一軒家よりすごいマンションがいい。あとこの前みた映画で、内容はそういう内容ではなかったのですが観てる時にずっと”親がもし今死んだら僕は親を葬式にも出してあげられないのか”と思い、一刻も早くなんとか、お金をと思った次第です。来年も頑張ります!終わり


載せた歌詞はアンジュルムの福田花音さんの「わたし」という曲らしいですので是非聞いてみてください
[PR]
by akuta-seiryou | 2015-12-21 22:42 | 思い出 | Comments(0)

お正月

はやいものでもうすぐクリスマスで、さらには来年になってしまう。もう東京にきてだいたい2年間が経っているのだ。東京にきて最初の正月は、僕の肛門にできていた小さな痔が(クリトリスだと騒いで人に見せて遊んで喜んでいた)マジで怒って僕の肛門に蓋をしてしまい一ミリも大便が出なくなってあまりの激痛とこれまで自分の尻にできた痔に対して何の対策をとるでもなく、むしろ人にお願いして自分のケツをゆっくり開き肛門の上にある小さないぼ痔が授業中の小学生が発言する時のような勢いでひょこっととびでる動画を録って見て大笑いしていた自分の情けなさと読みの甘さに憤慨そしてやはり次第にそんなことどうでもいいほどの肛門の激痛で必死に付近の薬局で新年でも空いている薬局を探たところ家の近くの薬局は全部新年がっつり休んでいてめちゃくちゃ怒りながらトイレでスマホさわって検索していると家から歩いて30分ほどのところの薬局が新年でも空いているとの情報を掴み、あまりの激痛で肛門に負担がくる動きは全部無理なので自転車にも乗れず本当に少しづつ歩いていたのですが、薬局が近くなるともうはやくとにかく薬を手に入れたくて走ってしまい、映画のヒミズのラストシーンみたいな感じになりながら駆け込んだ薬局は暖房が聞いていて本当に暖かくて優しい気持ちになり、痔の薬のコーナーまでいきどの痔の薬にしようかと悩み、ぼんやりした知識で「ステロイド」が入っているのは劇薬なので一発で効くというのは知っていたのでステロイドステロイドと思いながらステロイドが入っている薬を発見。そのままレジに持っていき新年1発目の買い物がステロイドの入ったいぼ痔の薬ていうのは嫌だなて感じだったが本当にもう尻がいたいので買って即コンビニのトイレで塗ると、さっきまで痛かった江門からどんどん痛みが抜けてゆき、ステロイドってやっぱすごいんだなと思った。
そもそもステロイドは、そもそもステロイドはっていう書き出しもどうなのかと思うのですが、まあ僕は小学生の頃から喘息を患っていて喘息を同じく患っていた人はわかると思うのですがもう本当にめちゃくちゃ息ができなくてしんどくてどうしようもない時に吸引する薬があって、小さい筒みたいになっていて底を押したらシュッと白い煙がでてそれ口に加えながら吸い込むと発作が治まる、といったもので医者にそれを渡されたときは「これはどんなにしんどくても1日2回まで。これはステロイドが入っているから命に関わる危険性があるからね」という説明とともに小さいその筒を渡されめちゃくちゃテンションが上がった。
「1日2回まで」という制約と「命の危険性」や「ステロイド」というワード、白い煙を吸い込むという妖しい魅力などが小学生当時の僕の心をぎゅっと掴んでいた。当時から僕は幽遊白書が好きだったのだけど、主人公の浦飯幽助の必殺技・霊丸(たしか3~5発しか打てない)と自分のその喘息の薬を重ね合わせて、わざと学校のマラソンとかでペースをあげて自分を疲れさせて喘息の発作を起こして吸引して(残り1発・・)みたいな感じで楽しかった。中学にあがると(ウケたい)という気持ちが自分の中でかなり芽生え始め、友達に「これは喘息の薬で必ず1日に2回までしか使ってはいけない」という説明をしてから、口にくわえて10連続くらいでプッシュして吸引するという心臓を賭けた笑いを披露していたのですが一度それをやり終わったあとににマジで心臓の辺りがギュウッと締め付けられるように痛み出してこんなことで死にたくないと強く思ってからは吸引はやらず、ゴミ箱の中などにその吸引するやつをプッシュしてめちゃくちゃ煙を捨てるというランクが1個上がったギャグに進化した。
正月というと僕がこれも小学生の頃、京都のおばあちゃんの家でテレビでいつもここからの「悲しい時」を見ていて笑いすぎて喘息発作が出てしまい、年末でどこも病院がやっていないので救急病院にいって煙を吸わせてもらった。そしてこれは記憶が曖昧なのですが、その時に太ったナースのおばさんが「尻から入れるタイプの薬もある」と言って嫌がる僕を追いかけながら座薬を入れようとしてきたのもたしかその病院でした。女の医者は怖い。
まあとにかく次の正月で僕は2回目の東京での正月を迎えるのですが、僕の予定はもう決まっていて漫画喫茶で夜勤のアルバイトです。まあ正月はこれと言ってやることがないので別にそれでも大丈夫なのですが、何だか味気ないなあと思っていると10年その漫画喫茶でバイトしている35歳くらいのバイトリーダーの人が「俺出勤じゃないけど年開けたらここくるからさ。お祭りでご飯とか買ってもってくるよ」と言ってくれて10年もいたら年明け速攻出勤でもないのに来てくれるのかと驚きながらありがたいなあと思っていたら、その人がレジの中でスマホを触ってゲームをしているのをその人と敵対している朝番のパートの23歳の女に監視カメラで見つけられてそれを社長に密告されクビになってしまった。諸行無常すぎる。そのバイトリーダーの人は5年後の東京オリンピックに向けて英語版の接客マニュアルを自分で作っていたくらい仕事熱心な人で(いらっしゃいませ。ここは漫画喫茶です の下にwelcome to MANGAKISSA と書かれたのを見つけた時めちゃくちゃ笑った)そんな人を辞めさすのはもったいない、可哀想だなあ東京オリンピックまで働くつもりでいたのにまさかその前にクビになるなんて本人も納得していないだろうと思ってゴミ箱をふと見ると、その人が10年間履いていて履きつぶして薄ーくなった黒い靴がそのまま捨てられていて映画のラストシーンみたいになっていた。先輩のアドバイスによると正月・クリスマスはどんな常連の客も見栄を張って店にはこないらしい。色んな女のブースを上から覗き込もうとしたり女のブースの中にエロ本を投げ込んだりしたり、ブース中にフケを撒き散らしてその真ん中にはじめの一歩 87巻だけを置いて帰ったりしているような奴らに見栄も糞もないと思うのだけど、やはりあるらしい。まあでも基本的にはくるのでクリスマスの次の日は来るし、正月も2日から普通にくるらしい。新年明けて早々にフケで雪山みたいになってる部屋の中からなぜかいつも真ん中に置かれているはじめの一歩の割と最近の巻を救出するという仕事をして1時間960円を貰いにいくのはもうまったくモチベーションがわかなくて想像しただけでゲンナリした気持ちになるのだけどもまあいかなくてはならない。
バイトしていてなによりしんどいはクレーム対応で、もうこれは本当にもうしんどくなるでできるだけ0で対応するようにしています。クレームの内容というのも熱いたらこスパゲッティを前にして「これは全然熱くない」というクレームがきて、それを作り直して持って行くとさらにそれを食べ終わった後に食器を持ってきながら「もう1度たらこスパゲッティを」と目を見て注文されるという生きてきてこんなに緊張しながらたらこスパゲッティを作ることがあるのかというほど緊張しながらたらこスパゲッティを作って、仕上げに1500Wのレンジで30秒ほど温めて熱々にして持っていくと「これでいいんだよ」と褒められてホッとするというのをやっていてもうどうしようもないです。正月はせめて緊張しながらたらこスパゲッティを作りたくない。終わり
[PR]
by akuta-seiryou | 2015-12-16 17:17 | 思い出 | Comments(0)