お疲れ様です。前回のお話は小学生に至るまでのところでしたね。今回は少しづつ小学生になってからのことをお話させていただきます。小学校に入り「椅子を頭の上にあげて運んではいけない」や「ひらがなは皆ある程度知っている」といった様々なカルチャーショックを受けていくこととなった僕はその他様々な面でも困難にぶち当たりました。まずは「いただきます」のルールです。目の前に給食があったらあるもうすぐに食べ始めてよいという認識で生きていた僕は号令を待たずに食事にむさぼりつくので、狼のような扱いを受けていました。「先生、渡君が手を合わせる前にご飯食べてた」とチクられて先生に怒られ「なんでいただきますを待てへんの?」と言われた時も、言葉を知らないので気持ちを説明できず「うう・・」と唸りながら先生を睨みつけていたのを覚えています。
そのような挫折を多々繰り返し、さらに保育園時代は圧倒的な運動量のおかげで太らなかったのですが、小学校に入りまったく外で遊ばなくなりゲームボーイか本を読むだけの生活になったせいで僕の体重はブクブクと増えてゆき、紅顔の美少年時代の面影はどこへやらで、僕はすっかりまるまると太ってしまいました。プロ野球チップスやビックリマンチョコといったお菓子のついたスナック菓子にはまったのも大きな原因の一つだったようにも思います。
おそらく僕の元々の性格は2枚目で皮肉を言ったりする性格だったのですが、太った事が原因で大きく性格を方向転換することをよぎなくされました。例えば「長州小力のモノマネをやれよ」と言われて、嫌がっては小学校の中では生きていけません。僕のほかにもとんでもなく太った同級生がいたのですが、そいつはあまりにも太りすぎているためにマスコットとしての地位を周りに与えれていて「かわいい」「ぷにぷにや」などと何をすることもないまま、周りの支持を得ていました。僕はというとそこまで太ってもいないのでマスコットの位置にもいけず、とにかくアクションをおこさないといけないデブということになりました。ただ長州小力さんのダンスをモノマネをするだけではなく、急に動きを止めて、いきなり再度やり始めたり「やらへん。やらへんって」などと言った後に満面の笑みでダンスをするなどといった工夫をこらしてダンスをすることになります。それを見て笑っている巨デブのマスコット君に、怒りを感じていた事を覚えています。しかし僕の小学校は平和だったので、特にそこから大きな何かに発展するようなことはなくある程度楽しく6年間を過ごせました。
そしてそのまま僕は公立の中学校に進むことになります。この中学校というのが近隣の3つの小学校からなる中学でして、このうちの一つが当時、めちゃめちゃに悪い小学校だという噂がありました。前回の記事で僕が住んでいた団地というのも、その地域にある団地でして、このままいたらその小学校に僕が通わないといけなくなるというのを親が心配してくれて引っ越してくれたというのも引っ越しの一因にあったというほどでした。しかし僕は当時「そんな怖いって言ってもそこまで大したことはないやろ」とそこまで重大に考えていませんでした。
そしていよいよ入学式の日、クラスに集められた僕らはまず全校集会のために体育館に移動することになりました。まだ誰も仲良くなく、小学校から同じ友達たちとこっそり話したりするぐらいで皆緊張していました。ぞろぞろと校舎を出て体育館に繋がっている渡廊下を歩いている最中、向こうで大騒ぎしている生徒がいるのが目に入りました。
そいつはなぜか先生3人ほどに囲まれながら、パンチやキックなどを先生に向けて繰り出しまくっていました。明らかに僕らの小学校にいなかったタイプで、毛色が違いすぎる驚きました。僕らが横を通り過ぎる時に、そいつは「殺す!殺す!」と言いながら先生に向かってパンチを繰り出していました。身体能力が高いように見え、先生もかなり苦戦していたのですがさすがに大人3人には勝てないと見え、そいつは地面に抑えられながら「グアアアアア!!!」と吠えていました。今日あったばかりの先生になぜそこまで全力で怒れるのかというのも疑問でしたし、先生に向かって躊躇なく暴力をふるうんだというのもひどく驚きました。
僕はそいつと同じクラスじゃなくてよかったという喜びを噛みしめて、次にとにかく3年間そいつにだけは目を付けられないようにしようと心に決めました。
その日の休み時間、僕は同じクラスの小学校の頃からの友達と喋っていました。そいつとはそこまで仲良くなかったのですが、お互い心細さからくるうっすらとした繋がりがあったのを覚えています。すると、そいつが急に僕の知らないやつに「こいつおもしろいねんで」と僕を紹介しました。そいつは僕らの学校でもなく、悪い学校でもなく、もう一つの小学校の出身の生徒でした。急に「おもしろい」と紹介された僕は慌てて、そんなことないでと言いましたが、紹介されたそいつは「なんでなん!おもしろいねやろ!」と言ってきます。僕は何かやってくれと繰り返し言うそいつに困って、苦し紛れに咄嗟に手に持っていた消しゴムをゆっくり持ちあげ大声で「僕らの産まれてくるずっとずっと前にはもうアポロ11号は月についたっていうのに~!」と言いながら、消しゴムを宇宙船に見立てて動かし、ついたっていうの、にぃ~のところで消しゴムを頭に着陸させるというギャグをやりました。
その咄嗟のギャグは、なんとか笑ってもらうことができました。というよりかなり笑っていました。「もう1回やって」「もう1回」などと言われ何度もそのギャグをやりました。めちゃめちゃ宇宙船を遠くにやって、にぃ~で急に頭に着陸させるというアレンジなども加えて披露してまた大いに笑わせたりしてだいぶ調子に乗っていました。するとそいつが「これ須藤君(仮名にしてあります)に見せにいこ!」と言って僕の腕を掴んで走り出しました。「須藤君って誰?」と僕が聞いても「ええから!はよこい!」と言って走り出して止まりませんでした。
ついたのは階段を下りて4組の扉の前でした。「入れ」とそいつに言われた僕は、訳がわからないまま扉を開けて入っていきました。僕が入ると教室中はいっせいに僕に注目しました。当たり前です。初日にいきなり知らないデブが入ってくるのですから。僕も緊張して何もわからない状態でクラスを見渡すと、一番後ろに不良のような見た目の人たちがたまっていて、その真ん中に先ほど先生たちと大立ち回りをしていたあの男が立っていました。そいつはすでに鋭すぎる目でこちらを睨みつけています。終わった、と思いました。ここで下手なことをして目を付けられたら大変なことになるすぐに逃げないと、と思っていると僕をここまで連れてきたやつが「須藤君!こいつめっちゃおもしろいねん!」と後ろの真ん中の男に向かって手を振りました。そいつが須藤だったのです。須藤君は「は?」と大声で言って、なにやら不穏な空気を全開に出しています。僕を連れてきたやつは、その態度が何やら思惑が外れたようですごく焦った雰囲気を出していました。これはあとでわかることなのですが、そいつは他校ながら
小学生の頃から須藤と少し付き合いがあって、この中学校進出の際に距離をぐっと近づけたいという思惑があったようです。つまりは僕を献上品として差し出して須藤のご機嫌をうかがおうとしていたという訳です。その思惑が少し外れて「は?」という不機嫌な須藤君を引き出してしまったのですから、当然焦ります。そいつは僕に「はやくギャグやれ」と小声で言ってきました。
僕はぬるま湯のような小学校からこんな地獄のような場所に来たことを恨み、ここで失敗した場合に、これから3年間続くであろう想像できないほど長い地獄にも思いをはせながら、高速で頭を回転させました。走って逃げる、これは失敗する可能性が高いです。そもそも逃げてもクラスに戻るだけなので、またこいつに連れ戻されるに決まっています。さらに「逃げる」という行為は本能的に危険だと察知していました。嫌だと断る、これも通用しないように思いました。先ほどクラスの中では何度も披露してしまっていたので「さっきはやってたやろ」と詰められるに決まっています。そうなった場合須藤たちも「見せろ」ということになり
そんな状況でアポロを披露しても最悪な結果になることは目に見えています。
僕はたくさんの情報を処理しながら、一瞬で、とにかく全力でアポロをやるという判断を行いました。
4組の全員が僕を見ている、須藤たちももちろん見ている中、僕はとにかくやぶれかぶれでアポロを熱唱し、消しゴムを頭に着陸させました。あんなにアポロの一節が長く感じたことはありません。歌い終わって、ほんの少しの沈黙の後すぐ、後ろの須藤が「うるさいんじゃ!!!!」とめちゃめちゃ怖いトーンで叫んできました。その叫び声は全身の毛穴に響くような声で、今まで明らかに僕が出会ったことのない生き物だと痛感させられました。とりあえずこれでもう終わった、あとは逃げて、3年間おとなしく過ごそう。そう心に決めた瞬間、「おい、お前こっちこい」と須藤に呼ばれました。ライオンだらけの檻の中にプロ野球チップスで太った豚が招き入れたのです。横の僕を連れてきた男は目を下にやって無視しています。ふざけるな、と強く思いました。「こいよ!!」と再度叫ばれ、僕は意を決して向かうことになります。この日から結果的に3年間続く須藤と僕との駆け引きが幕を開けたのです。
これの続きはまた後日話します。ありがとうございました。