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脛を蹴られる

電車に乗り、東京ではあまり見かけないのですが4人掛けの席に座り僕の目の前に知らない人が座った時、自分の足の脛を前の人がつま先で思いっきり蹴ってくるのではないかと想像して脛の部分がゾクゾクします。
一度そうなるとずっとソワソワしてしまうので、カバンを持っている場合は両脛をガードするようにそこに置いたり、ない場合は不自然にならない程度に足を少し横にずらして前の席の人が僕の脛をめがけて蹴り上げてきても直撃はしないという位置にずらすことでなんとかすることができます。皆さんもこういうことはありませんでしょうか?と僕がいきなり大きく構えて皆さん、と言われても何なんだお前は、と思われるでしょうが理由があるのです。

以前僕はこのブログに「乳首を触ると死にたくなる」と書いたことがあり、これが今でもたびたび「実は僕もそうなんです」というメッセージがきたりして、一番最初に共感の知らせが来たときはこの世界に乳首を触ると死にたくなるのは僕だけではないんだと不思議な気持ちになったのを覚えています。僕はまたあらたにこの共感が欲しくなりました。それを世に放ったわけですね。

乳首にまつわる僕の感覚は、例えるなら「この世で自分はどう生きても一人きりで、これから何をやってもうまくいかない、今大事にしている人もいずれは自分のもとから去ってしまい、誰にも寄り添うことなく寄り添われることもなく孤独に一人で死んでいくに違いない」という強い確信が乳首を中心として足の先から脳の中まで強く響き渡り、乳首を触るのをやめた後もひどい心の疲れが残る、という状態になる事を指します。

じゃあ触らなければいいじゃないかと思う方もいるでしょうが、自分でもそんなひどい状態になるということがわかっているのに、自分から乳首を触ってしまうことがある。強烈で破滅的な衝動にかられて、両目を閉じてどうにでもなれ、俺のことは俺も知らない、というような状態の時にそれをやってしまうのです。しかしここでコツがあって、中途半端な状態で乳首を触るのをやめてしまってはいけない。そうすると先ほどの状態、終わった後も心の疲れがひどく残って起き上がれなくなり、乳首を触っていないのに触っているような状態になって普通に1日嫌な気分になってしまう。

ここで大事なのは、どんな気持ちになろうと触り続けることです。触り続けるとどんどんと孤独は深くなり、もうこれ以上どうにもならないという位置まで深く落ちていきます。それでも徹底的に触り続けるとどんぞこに落ちたまま気持ちが落ちなくなる。ここまでいくと気持ちは死体になったような感覚がしてすがすがしさすら感じて、一度死んだ身なんだから頑張ろうと思える。やるならここまでやらないといけないのですが、毎回そううまくいく訳でもなく触り続けて辛いまま一向に気持ちが終わらない、落ちた冷たい孤独な世界の中でのたうち回り続けている最中にもう耐えられなくなって手を離してしまう、ということもあるので、なるべくはやらないほうがいい。でもやってしまう。孤独な空間の中で乳首を触り続けて落ち込み続ける悲しい26歳の小太りになっています。

こういうような内容の記事を書いたら、僕もそうですという声がいっぱいきたので、電車の脛のやつも書きたいなあと思ったんですよね。


それではいよいよ聞いてほしいのですが、冒頭に書いていた「4人掛けの席で目の前の席の人に自分の足の脛を思いっきり向こうのつまさきで蹴られる」想像をしてしまってムズムズする現象。これは実際にそんな目に合うかもしれないと思って怯えているというのとは違って、その想像が頭から離れないだけなんです。例えば皆さんも経験があるかと思いますが駅とかで強引に前に割り込まれたり、ガツンと体を強く当たられたり、前から進んできてこちらは体をよけているのに向こうはよけないというような経験、これは皆が自分の事情モードに入っているから起こる事だと思います。僕としても駅などで自分が急いでいる時に缶チューハイを手に前をゆっくり歩いているサラリーマンなどがいると、せわしなくすり抜けたりしますし、満員電車で目の前の人が無理やり携帯電話を見ようとしてこちらにぐいぐい手を押し付けてくるとなると、不快に感じて僕としても通常通りの自分のスペースを譲らず、というのはよくあります。

これはお互いがお互いの日常に埋没している証拠で、周りへの配慮などがない状態になっているんだと思います。しかしやはりそんなところまで配慮していたらきりがなく、例えば外を歩くだけでどこから誰が歩いてくるのか気にしながら気をはりつづけながら歩いたり、電車に乗る時に目の前の人が満員状態の中で無理やり携帯を触ろうとしているのを(今緊急の連絡をしないといけないんだろうなあ)と思いながら背中から押される手にもどうしてもこれはしょうがない、しょうがない、足をハイヒールで踏まれてこれもしょうがない用事があるんだと思いながらホームに降りると歩きスマホに突撃され続ける、といった状態の人が4人掛けの席で僕の目の前に座って、僕が阿保のように寝ている姿に突発的に腹を立てて、ばれないように足をガンッと伸ばして脛を蹴ってくる。ということが起こらないとは限らないと感覚で理解しているんだと思います。

これの恐怖から僕は目の前の人に脛を攻撃してくる架空の恐怖を重ねて、カバンで脛を守ってしまいます。でも実際に電車の中でギリギリの人いるじゃないですか。
この前は電車の座席に座りながら片手に缶のハイボールを持って片手で柿ピーを持って、ピーナッツをぽろぽろと床にこぼしながらグビグビとハイボールを飲んでいるスーツを着た男性がいました。僕が恐怖を感じたのは、その男性が泥酔している様子ではなく、ただ眼をぼんやり開けながら、もう俺の事は俺も知らない、というような状態に見えたのが恐怖でした。酔いで周りへの配慮ができなくなって失態を見せ続けているのではなく、自分の意思でこの車両の全員を自分と別の世界と切り離して、もうどう見られるようなことでもない、俺がどれだけ俺の柿ピーのピーナッツをこぼそうが、俺は俺をもう管理しきれないから、今はこうやって存在しているだけなんだよ、という僕の乳首状態とすごく似ている強烈な負の雰囲気が出ていました。こういう人が4人掛けの席の僕の前にきたらと思うと本当にぞっとします。まず脛を蹴りまくられ僕の脛は破壊され、足首がなくなった僕の顔にガツンと頭突きしてきて鼻から抜けるような痛みと反射の涙がボロボロ出ているところに僕の両手を無理やり奪い、僕の指で僕の乳首を無理やり触らせられ、僕は、深く孤独な気分になり、ああこんなことなら4人掛けの席になんて座らなければよかったと思いながら海の底に落ちていくように独りきりになり痛みの涙と共に生涯もう幸せなどはやってこないという確信の涙が頬を伝う、という結果になってしまう。ただそんな場合でも忘れてはいけないのがそいつが下車した後の席でも一人で乳首を触り続けることであり、どこまで続くかわからない孤独の海の底に落ちた時にあとは上がるのみだという実感を追いかけることが必要である

by akuta-seiryou | 2020-01-24 05:51 | Comments(0)


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