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1〜6歳の家庭の話。小学校初日。弟の誕生。


先日は僕の16歳までの出来事を保育園をメインに綴りました。今回はそこでお話しできなかった僕の家族の話をしましょう。現在の僕の家族は4人家族、父母僕弟の4名なのですが、弟は僕が小学校に入ってから産まれるので、6歳までは3人家族でした。僕が小学校に入るまでに住んでいた団地はとにかく荒れていて、下の階には痴呆症なのかベランダで大便をしているおじいさん、隣の部屋にはでかい黒猫を飼育していて僕たちのベランダに勝手に放してくるおばあさん、団地の組合のお金を盗んで逃げたおじいさん、それをボコボコにしていた他のおじいさんおばあさんなど、どうしようもない所だったらしいです。僕が決定的に覚えているのは、近所のスーパーにお母さんと買い物に行った際、同じ団地に住むおばあさんが僕の母に向かって「あんた、子供が可愛いねやったらはやくあの団地から出て行きや」と言ってた事は覚えています。悪魔に乗っ取られている村のキャラクターのセリフみたいですが、実際にそれくらいひどかったんだと思います。そのアドバイスを受け、ちょうど僕が小学校に入る前にその団地からは引っ越すのですが、それまではずっとその団地に住んでいたということになります。


僕のお母さんは奈良県育ちの奈良県産まれ、生粋の奈良っ子です。僕の父親は九州出身で紆余曲折を経て奈良に流れ着きました。昔お父さんが経営していたゲームセンターにお母さんが客として通っていて、テトリスを無料でやらせてくれたことで恋に落ちたという話と、僕のお母さんが働いていた飲み屋さんに父親がボーイとして入っていて、そこで恋に落ちたという2つのパターンの話をどちらも母親から聞いたことがありますが、どちらが正しいかはわかりません。ちなみに父親の経営するゲームセンターは、子供にクレーンキャッチャーの景品をあげすぎてすぐ潰れたらしいです。

保育園時代の家族全体を振り返ろうと思ったのですが、早々にあまり書くことがなくなったので、小学校時代を思い出しながらつらつらと書いていこうと思います。


前回の記事でも書きましたが、僕の保育園はひらがなを教えたり、行儀などは特に厳しく教えないという教育方針だったため、僕は何も知らないそのままの姿で小学校というルールの中に放り込まれることになりました。入ってすぐに驚いた事は、周りのみんながすでに文字をかけるということです。「あ」や「い」や「う」や「え」などを書けるのは当たり前で、中には自分の名前を全部ひらがなで書けるという才気走る子もおりました。僕は当然みんな何も書けないというところからのスタートだと思っていたので、自分が未開の地から来た文明を知らない子のように思えて辛かったです。これを書いてる時に思い出したのですが、教室の後ろで「これ書けるか?」とひらがなを言われて「かけるか!!」て突っ込んでいたような記憶があります。もしかしたら人生で初めてのツッコミは「かけるか!!」だったかもしれません。さらに小学校でのカルチャーショックは続きます。掃除の時間での事です。僕の保育園では、椅子は頭の上に持ち上げて運ぶことが許されていました。みんな椅子を頭の上に持ち上げて走り回りながら掃除をしていたのです。僕は楽しいし便利だしそれに何の疑問も持たず、小学校でもさあやるぞと椅子を頭の上に持ち上げて移動させようとした所、先生がすごい形相でやってきて「渡くん何してんの!!」とものすごい勢いで怒られました。僕は何を怒られているかわからず、ぼおっと立ちすくんでいると「その椅子を下ろしなさい!!」と続け様に怒鳴られました。僕はその事で初めて、頭の上に椅子を持ち上げて運ぶのはおかしい事なんだ、ここではこれが通用しないんだ、と理解しました。しかし、自分の通っていた保育園ではこのように椅子を運んでいた、ということを説明すると「そんなんあるわけないやろ!!嘘ついたらあかん!!」と僕の保育園での常識を初日で否定されてしまいました。そこから何度話しても頭の上で椅子を持ち上げて走り回りながら掃除をする保育園があるという事実をその先生は受け止めてくれませんでした。文化の違いというのはここまで大きなものなのかという悲しみに包まれたのを覚えております。


それがきっかけでなのかはわかりませんが、僕は、よく大人に嘘をつくようになりました。今思えば不気味な話ですが、先生に「2階の男子トイレのバケツに水を入れる蛇口から水が出なくなってましたよ」と報告して「ほんまか?観に行こ」と見に行くのについて行き、本当は壊れてもいないので当然水は出るのですが「出るやんか」と先生が言うのに対し「あれ?さっきはでなかったのに。。」と言うというような誰も得をしない嘘を好んでついていました。自分の嘘で大人が動くというのが気持ち良かったんだと思います。さらにこれは後悔している嘘なんですが、父親と2人で買い物から帰っている時に、急に(ここで僕が実は前学校でいじめられててつらかった..と言ったらどうなるんだろう?)と思い、父に向かって寂しそうな演技すらしながら「実は、前ちょっと学校でいじめられてて、相談とかできひんかったんやけど、辛かった」と言った事がありました。僕の予想としては、父は何か笑いながら「そうなんか。可哀想や」くらいのことを言って今度遊戯王カードを買う約束などをしてくれるのかなと思っていたと思います、というか遊戯王カードを買って欲しかったために同情を誘おうとしたような気がしてきました。とにかく酷い話ですが僕がそれを父にしかけた、すると父親は、急に立ち止まってボロボロ泣き出して「そうなんか。ごめんな。気づいてやれへんかった」と言って何も喋らずに頭をずっと撫でてきました。僕は、いつもヘラヘラしている父親がそんな感じになるとは全く思っていなかったのでこれはえらいことになってしまったという罪悪感と後悔で大変なことになってしまい、涙がどんどん出てきてしまいました。父親はそれを見て「辛かってんなあ」と言って抱きしめてきてしまい、それにまた後悔してどんどん涙が止まらなくなってしまい、2人でそのまま家に帰ってお母さんが「どうしたん!!」と聞いてきて父親が事を説明、母親も号泣してしまい、もう何も言えなくなってそこからあまり嘘をつくのはやめようと思った記憶があります。当時の自分を庇うわけではありませんが、保育園時代はスリムだった体型が小学校に入って爆発的にふくよかになってしまい、今まで言われることのなかった「デブ」「豚」というセリフに傷ついていて、自分でもわからないうちにSOSを出していた可能性はあります。人間は複雑な生き物です。


小学校時代に入ると弟が登場してきます。僕は自分より年下の家族という位置づけの「弟」という存在に一撃で心を射抜かれてしまいました。学校から帰ったら毎日ベビーベッドに寝ている弟を見に行って喋りかけて、こんなに可愛い存在があるのかとびっくりしたのを覚えています。弟は順調に大きくなってゆき、一緒に外で散歩もできるようになっていきました。兄弟というのは少なからず似ているものですが、僕と弟は似ている所があるなと感じる部分がいくつかありました。僕は小さい頃(これをしたらどうなるんだろう)という気持ちがきたらそれをやらずにはいられない、というような時がありました。


例えば鉄棒の棒のところに座ったまま(このまま後ろに倒れたらどうなるんだろう)と思い、危ないだろうというのもわかるけど、どうしても確かめたくなり、ゆっくり後ろに倒れて後頭部を強打し、鼻から口まで一気に鉄の味が広がったという様な経験がありました。確かめたい、という強い気持ちは逆らう事が難しく、ベランダから下の駐車場に向かってゲームボーイを投げてしまいたい、という強い欲求にかられて、ゲームボーイを手にしたままベランダまで出て行き投げてしまいたいという強い欲求と投げたら壊れるし、こんな理由で壊したゲームボーイなら2度と買ってもらえなくなるぞという理性を戦わせて歯を食いしばりながら部屋に戻るということをしていたこともありました。


話を戻して弟と散歩中のことです、弟は一個のものをものすごく大事にするという気質が当時ありまして、その時はどこにいくにもおそらく救急車だったように記憶しているのですが(パトカーだったかもしれません)とにかくミニカーを大事に持っていました。その日も散歩中にミニカーを握ったまま、奈良公演の近くにある「猿沢池」というところに着きました。この池には大量の亀がいるので見応えがあり、お気に入りの散歩場所だったので僕は足を止めて、弟にも「ほら。亀やで」と亀を見せました。弟はその時まだあまりきちんと喋れるような状態ではなかったのですが、じっと亀ではなく池を見つめていました。僕はその時瞬間的に(こいつこの池にミニカー捨てるやろな)と思いました。すると、やはりいきなり弟は手に持っていた大事なミニカーを池に投げ捨てたのです。弟は自分でやったことなのですが、誰かにそれを急に投げられたかのようにきょとんとした顔をしていました。僕はこの感覚はわかるぞ、と嬉しくなって「わかる。わかるぞ」と弟に伝えました。この話を先日弟にしたところ、やはり覚えており、理由としては「急に捨てたくなってん」と言っていました。わかります。


さあ、いよいよ弟が出てきまして、小学校が始まりました。僕はいかにして小学校6年間を乗り越えたのでしょうか、そして待ち受ける地獄の中学時代が来るという事は、まだこの時知る由もありませんが、続きは次回に、書かせていただきます。長い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。またお会いしましょう


by akuta-seiryou | 2020-04-16 18:55 | 生きた記憶 | Comments(0)


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