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怖いラッパー

この前夜勤のバイトに向かうために新宿を歩いていたらいきなり外国人に目の前でビームサーベルみたいなものを振られて「プーーー!!!」と言われた。

おそらく酔っているか何かで誰かを驚かせたかったところにたまたま僕が歩いてきたから咄嗟に驚かせたのだろう。僕は外国人の思惑通り「わあ!!」と言って大声をあげてしまい、外国人がケタケタと笑っていた。慌てる僕、笑っている外国人。そこで僕はなぜか咄嗟にこっちも笑いながらその外国人を指差して「イェ」と言ってしまった。

これが大層情けなかった。何が「イェ」なのか。男なら怒るべきだ。然として無視するのか、怒る、そのどちらかだと思う。僕の「イェ」は(これくらい何のダメージでもないですよ)という意味を含んだイェで、本当はとても驚いていたのに嘘のリアクションをしてしまっている。これは本当に情けない。ビビってないふりをして嘘で同じ土俵に立とうとしているのだ。全くもってかっこよくない。

これまで生きてきてずっとこういう人に唐突に絡まれることが多かった。最初は中学の頃からで外を歩いてると反対車線の歩道から僕に向かっていきなり「おいデブこら!!こっちこい!!」と知らないヤンキーに怒鳴られたり、最近では深夜の恵比寿を歩いていると前から睨みながら不良が僕に近づいてきて、思わず驚いたら笑いながらそのまま通り過ぎたりまた別の日に中野で「お前のことしってるねんぞ!マセキやろ!!」と謎のスキンヘッドの男に素性を少し知られた状態で遠くから絡まれたりした。もう嫌だ。そういうのは完全に見た目の情けなさで舐められているわけで、怖い外見だったりしたらほとんどはこんな目には会わないだろう。

僕はラッパーが好きだ。最近は中でも外見の怖いラッパーが好きでタトゥーをめちゃめちゃ彫っていたり、常に暴力的な雰囲気を発していたりする人が好きなのである。これはなぜかというと自分と真逆にある存在だから強く惹かれるのだろうなと思う。

この前新宿にKIDNATHANというラッパーにとても似ていて、おそらくそれらしき人がいたので、勇気を出して声をかけた。KIDNATHANという人は首元に大きくハンターハンターの旅団の蜘蛛のタトゥーを入れていて、ガリガリで悪そうな雰囲気がめちゃめちゃある人で、もし学生時代に出会っていたら100パーセント関わりになっていない、もしくはKIDNATHANさんの前で何か失敗したら苛められていただろうなといった雰囲気の人です。本当にこれはもうめちゃめちゃ勇気を出して「すいません、KIDNATHANさんですよね・・?」と声をかけたらきょとんとした顔をされた。終わったと思った。

KIDNATHANさん本人に声をかけるのはいい、もし無視されてもどんな雰囲気になってもそこまで最悪なことにはならないだろう。しかしKIDNATHANに似ているまったく別の人に声をかけてしまったとなると話は大いに変わってくる。ただのめちゃめちゃ怖い人だ。どうしよう、殺される。終わった。僕の死因はただのめちゃめちゃ怖い人をKIDNATHANだと思って間違えて声をかけてしまったことになるのだ。お母さん、奈良のお母さん。東京で調子に乗ってごめんなさい。と思っているとその人が「あ、はい」と言ってくれた。

僕はめちゃめちゃホッとして「ファンです!!」と言って手を出したら「ありがとう。ほんと、ありがとうございます」と言って強く握手してくれた。KIDNATHANさんは優しかった。

ホッとすると調子に乗ってしまうのが自分の悪い部分で「ああ、そうだけど」と言ってどこかに行ってくれるぐらいがよかったなあと思ったがよく考えると全然そんなことはなかった。ファン対応をしっかりしてくれて嬉しかった。ありがとうございました。新曲もかっこよかったです。

話が少しそれましたが、僕はこういう人に憧れがあるのです。首に旅団の蜘蛛のタトゥーを入れて新宿を闊歩するなって悪すぎる。自分を強く持っている。もし僕が首に旅団の蜘蛛のタトゥーを入れたら、まず即効でマセキ芸能社を解雇になりフリーになり、そこから首に旅団の蜘蛛のタトゥーを入れているからコントもうけずガクヅケも解散、見た目が太ってるしかっこよくないのでラッパーになれる訳でとなく、首の旅団のタトゥーのせいでバイトの面接も受からなくてもうどうしようもなくなり実家に帰る。実家は奈良なので奈良に住んでる首に旅団の蜘蛛のタトゥーがあるただのデブになるのだろう。どうしようもない。KIDNATHANさんの様な人生は僕が絶対に歩めない人生なのだ。

僕もそういう人生を歩んでみたい。今僕はジムに通っていて、その理由というのも彼女に「太りすぎ。醜い。もうええわ。ありがとうございました!!」と強制暗転ツッコミをされて彼女の目の前で「綺麗になりたい」とバレリーナのようにウォンウォン泣いて通いだしたという悪さからは程遠い理由なのですがこのおかげで今少しずつ筋肉がつきだしている。

筋肉がつくというのはかなり嬉しいもので、不思議と自信もつく。今日もお笑いライブに出演した時に本番前に矢野号さんに「明らかに痩せてるなあ」と言ってもらった。嬉しい。この前もフカミドリ杉山さん(※マセキの先輩芸人!!!)に「木田ほんと痩せたね」と言われてキュンとしてしまった。女だ。

この前実家に帰ったときに僕の「赤ちゃんノート」というのが見つかって僕が生まれる前や生まれたすぐ後のことをたくさん書いてあったので興味深く読んでいたのですが、そこに「お医者さんが80パーセント女の子と言っていたけど生まれたら男の子だった」と書いてあって産まれる前から僕がバイなのを予知していたのかと思ってゾッとした。

バイなのはいいのですが、とにかく僕は筋肉を増やして体をシャープにして悪いラップのPVを撮りたいのです。歩めなかった人生を擬似でもいいので歩んでみたい。今はそう思っています。終わり。

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by akuta-seiryou | 2018-03-25 20:43 | 思い出 | Comments(0)

彼女に怒られた話

ジムに通っている。ジムというとあの筋肉をつける施設のジムだ。きっかけは彼女に「本当に太りすぎている」と絶望したような表情で言われたからだ。

思い返せば、僕は彼女の家にいて朝ごはんを買いにコッソリ外に出て近所のコンビニで買い、彼女の家でビックコーンマヨネーズパンを食べながら食いかけの半分を見せて「食べる?」と聞いて無言で首を横に振られ、なんとなく怒っているなかもという気配は感じつつも本当に怒っているという現実を受け止めるのが怖いし嫌で何気ない会話、何気ない会話を続けたいと思いその時ふと触っていたスマートフォンの画面に映っていた「マクドのポテト全サイズ150円」というクーポンを見つけてしまい「すごい、見て。マクドのポテト全サイズ150円やって」という最悪の報告を彼女にしてしまい、すると向こうはやはりもう心底あきれ果てたという表情になりそれを確認して初めてああ、やってしまったと思った。

だいたいが僕はどんどん太っている。彼女と付き合い始めてから8キロは増えたのではないだろうか。見る見るうちに太っていく彼氏が、起き抜けにノソノソとコンビニに行ってコンビニの中で1番でかくて1番マヨネーズの乗っているコーンマヨネーズパンを買ってきてモソモソ食いだして、それをどういう気持ちからなのか「半分食うか?」と勧めてくる。山賊みたいだ。それだけでも充分に勘弁してくれという事態だろうに、次はマクドナルドのポテトが全サイズ150円だという情報を提供してくる。Lを買おうとしているに決まっている。コーンマヨネーズパンを食べてる最中に次の飯のクーポンを見ているというのも嫌だっただろう。

恋人に嫌なことはしてはいけない。恋人が恋人を殴るのはダメだ。暴力は相手の心を歪める。言葉での攻撃もよくない。相手の心を虚弱させて関係を歪めるのは暴力と同じである。

では、太り続けコーンマヨネーズパンを食いまくりマクドのクーポンの話しかしないのはどうなのか?これはもダメである。食の暴力だ。僕だって彼女がどんどん太りまくり、コーンマヨネーズパンばかり食べてマクドのクーポンを見せてきて「今度一緒にいこう」とニヤニヤ言って来たら嫌だ。

そうだ、ダメだ。ダメなのだ。と僕は深く反省して、マセキの先輩バーニーズの細田さんに連絡して細田さんの家の近くの焼き鳥屋で話を聞いてもらい「太ってて、汚くて、それは、ダメなんですよ!!!!」と焼き鳥屋で号泣して細田さんの家までついていき無理やり家に泊めてもらい、深夜起きてトイレにいき水道を捻って眠って翌朝6時に帰宅。

すると次の日に細田さんから「ガスが止まった」と連絡がきて「ガス?」と思うと、どうやら僕が深夜にトイレに行って戻る際に手を洗った水道がお湯だったらしく、僕がそのお湯を出しっぱなしにして爆睡していて一度に異常な量のお湯を使ったということでガスが止められたらしい。細田さんには以前も焼き鳥屋で彼女の話をして大号泣していたら、次の日に細田さんだけ食中毒になったということがあり
「バイの恋愛の話を聞くとろくなことがおこらない」と言われた。優しい先輩です。

そして次の日に僕が高校時代からツイッターでお世話になっていた爪切男(本が出版されました!面白かったのです)さんにもお会いして、また同じく彼女の話をして延々勝手に塞ぎこんで焼肉を食べさせてもらい、それでも帰り道爪切男さんにずっとついていき「一人になりたくないです」「朝の5時まで一緒に喋っていてください」と言い続け、コンビニ、近所の公園でジュース、など付き合ってくださり最後爪切男さんの家の前まで行ってもなかなか帰らない僕に「はよ帰れ!!一人の時間を過ごすんや!!」と大人なセリフで激励してくださり、非常にかっこよかったです。

このお二方と彼女の三名におおいな迷惑をかけ、とうとう僕は自分自身が自分自身を確立するのは精神であるが、その精神とは肉体と大きく依存してあるということを実感するにあたったのでありました。

いきなり変な文章で書きましたが「健全な精神は健全な肉体に宿る」という昔から言われていることを身をもって感覚として理解したということです。夜勤もやっていてただでさえ運動不足な体、これをほったらかすことでまず気持ちもくたびれていき、それが余計表に、外見という形で出る、そうするとどうなるかというと自暴自棄になり朝からコーンマヨネーズパンをむしゃむしゃ食べて恋人にショックを与えてしまう、そうして自分もショックを勝手に受け、バーニーズ細田さん、爪切男さんにまで迷惑の波状は進んでしまうということです。

風が吹けば桶屋が儲かるの現代版、木田が太ってショック受けて相談すればバーニーズ細田さんの家のガスが止まるです。

そんなこんなで、ジムに通っているのですがこれがやはり想像通りかなり良いです。

僕は高校時代野球部に入っていて、その時今以上に筋肉をつけたいと思いジムに通っていたのですがその時の自分の筋力がどんどんと増えている実感が来た時の高揚感、これが久しぶりに体にきた時は懐かしさに感動しました。もっともっとムキムキになりたい。ありえないくらいムキムキになりたいんです。

instagramも始めました。どんどん痩せていく自分をおしゃれに記録していこうと思っています。しかし今は手軽に加工アプリで顔を撮って載せるのにハマッています。手抜きをしてはいけません。

彼女とご飯を食べる時もマヨネーズ系やギトギト系などには関心を示さない雰囲気を前面に出し、外食先を探す際も量の多いラーメン屋の前で立ち止まらないなどを徹底することで意識の向上に努めていきたいと思います。
終わり。

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by akuta-seiryou | 2018-03-09 16:10 | 思い出 | Comments(0)

更新料と散歩

バイトを死ぬほど入れている。今月は20日ほどシフトを入れた。深夜のバイトだからどこまでも、行こうと思えばいけるだけいける。ライブが21時くらいに終わって、家に帰って少し寝て24時から9時まで夜勤。また寝てライブにいってまた夜勤、というのを繰り返せる。なんでそんなにもシフトを入れるのかというと今月家賃の更新料があるのです。

更新料。家賃プラスでだいたい7万くらいを払わないといけない。悔しい、口惜しい、嗚呼、と思いながらも払わないと今の家から追い出されてどうしようもなくなるので払わないといけない。なのでバイトをしこたま入れているのですが、これが心地いい。20日もバイトを入れたら次のお給金はだいたい19万くらいになるのですが、これに耐え抜いたら19万入ってくるのか!と思うとどんな時でも頑張れる。19万、19万、19万。僕は大阪時代に週6で朝から夜まで死ぬほど飲食店でバイトをしており、その時はバイト以外何もしておらずまったくお金がかからない上に家賃も住んでいた所が工事現場に向かってゴミを投げ込んでいる老人がそのままそこで立ち小便をして、その横を普通に子供とお母さんが自転車で通るような地域に住んでいたので3万7000円と格安、なので給料から諸々差し引いてもだいたいが月に10万は自由に使っていいお金があったような気がする。

今思うとそのお金を貯めておいてくれ、と思うのですが当時はまったくそんなことは頭になく、死ぬほど骨抜きになっていた後輩君という男の子に2万ほどのフィギュアを何個もプレゼントして「お金で僕の気持ちを動かせると思ってるの?」と言われて震えていたり、土日になると競馬にいって5000円ほどをガチガチの1.2倍の馬の複勝に賭けて勝った配当金のプラス700円でラーメンを食べたりしていた。

お酒を覚えたてでお酒を飲むことにハマっていたので、バイトが夜に終わり次の日朝からバイトがない時は新今宮という住んでいた駅の裏側にあるコンビニでビールを買い、それを飲みながらどんどん天王寺動物園の方に歩いていくと動物園の裏側につくのでそこのコンビニでまたお酒を買って動物園から聞こえてくる鳥の声と猿の声を聞いてお酒を飲む。鳥の声より猿の声のほうが面白く、例えば猿同士が喧嘩しているようや声「キキー!」「キキー!」というのがしばらく聞こえていてあぁ喧嘩しているのかなと思って聞いていると聞こえなくなり、もう喧嘩終わったのかと思うと「キキ!!!!」といきなり聞こえてもう片方が慌て気味に「キキキ!!」と返す、と人間みたいで気持ち悪いが面白かった。

また歩き、今度は少し戻って新世界の方に進んでいって通天閣や映画館のあたりを歩いて大国町の方に向かい、大阪に住んでいた時によく遊んでもらっていた先輩のタイガーバームガーデンの堀さんの家の前までいって(あぁ。堀さんは寝てるのかな)と思って、そこからテンションがあれば難波まで歩いたり疲れたら帰ったりしていた。僕は深夜に散歩している時に知り合いの家の前までいって(あぁ、今あの人は寝てるのかな?)と思うのが好きという他人からの印象はよくなさそうな趣味があってこれは中学生のころから24歳の今まで続いている数少ない趣味です。

ここでその人に連絡するのは違うくて、ただただ自分だけが知っている、この人の家の前に今、いるというのが何となく面白くてかつ心地よいのです。これは「今家の前にいるんですけど、飲みません?」と電話したら壊れてしまう面白心地よさで、後日その人に「実は俺この前家の前に深夜いたんですよ..」と言ってもなんとなくつまらなくなってしまうので言ったことはありません。当然言われて気持ちの良いものではないでしょうからお互いのためにうまくバランスができています。僕がそんなことをされた側になると気持ちの悪い、距離を置きたいと強く思うのであまり言うのはよくありませんでした。まあとにかくそういうかんじの生活をしていた。

お金があるというのは心の余裕と大きく関係すると思うのですが、少し楽をして月11万とかよりは少し頑張って月14万とかの収入のほうが心の疲れが無い気がする。もっといえば例えば僕が何らかで成功して月収100万円とかになったら今と性格は絶対に変わると思う。優しくなると思うのです。

お金持ちになったら半年に1回「お金持ちライブ」という僕の主催ライブをやりたいです。舞台の端で大量のお金を積んだ僕が後輩たちのネタを見て笑い、後輩たちは僕はいないものとして扱い、企画のコーナーの時もエンディングの時も大量のお金と僕がいる、というライブです。出演料は1組2万円あげます。トリオなら3万円です。楽しみにしていてください。

ちなみに僕は先月も少しバイトを頑張ったので、お金が少し多くありその稼いだお金でリサイクルショップで5000円でクラシックギターを買いました。今は全く弾けないのですが、スピッツの「空も飛べるはず」を練習していて、コードを続けて弾けた時に「おおっ!!ぽい!」となってテンションが上がります。僕の2018年の目標は弾き語りができるようになることで、かぐや姫の「神田川」みたいなオリジナルソングを作りたいです。

歌詞は既に一部分決まっています。「昔の歌しか聞いてないからね 私あなたとしか喋れないの」です。女の寂しい愛の歌です。こういう曲だけを集めたCDを2018年は売れたいですね!!あとは色んなところにいってみたいです!あとは去年道で倒れてて助けてあげて家まで連れていった時に「いつでもきて!飲もう」と言われたおじいちゃんとも飲みたいですね!以上です!

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by akuta-seiryou | 2017-12-18 03:53 | 思い出 | Comments(0)

中学

最近はやたらと過去を振り返っています。24歳で過去がどうした、という感じなのですが振り返ってしまうものはしょうがありません。僕が最初に熱中したのは囲碁でした。ヒカルの碁ブームで小2くらいで囲碁を始め、最終的に小6にて6~7段くらいになったのですが辞めてしまいました。囲碁にもっともハマッていたピークは小5の時で全国大会に出場して自分より幼い子にボコボコに負けてしまい悔しくて家に帰ってから自分の部屋に「特訓中!入るな!」という張り紙をして一日中部屋にこもり色んな人の棋譜や詰め碁を解いたりしてました。

おそらく当時から僕はこの「缶詰」という状態が好きで小6の時も「囲碁の特訓で部屋の中にこもり続ける」という行為自体にテンションがあがっていたんだと思います。色んな棋士のエピソードで「負けてからは部屋の中に碁盤と碁石だけ置いてひたすら一人で碁の研究をしていました。気づいたら朝になっていたりしてそのまま寝て、また起きて碁の勉強をして、、」というような話をしているとその感じにゾクゾクとして(今でもテンションがあがります)自分もやってみたい!!となっていました。

しかし当時僕はデブの小学生だったので、いざ缶詰状態になっても昼ごろになるとわざとフラフラしたかんじで部屋から出て行き買い置いてあるプロ野球チップスを何個か部屋に持ち帰りバリバリ食って、食べ終わると少し疲れてしまい世紀末リーダー伝たけしを読んで気づいたら寝ているという子供フリーターみたいな過ごし方をしてしまっていた。もちろん囲碁はあまり上達せずに、中学に上がるときに辞めてしまいました。なぜ辞めたのかというと、僕は中学にあった剣道部にどうしても入りたかったのです。細かい動機などは覚えていないのですが、剣道は中学から初めてもそんなに差が生まれないスポーツなのと「剣道」というかっこいい響きにやられたんだと思います。

そこで僕は剣道を始めるのですが持ち前の運動神経の無さでまったく上達せず、一年後に入ってきた後輩達が全員小学生の頃から剣道をやっていたというエリート集団で先輩の中で特に僕が集中的に舐められまくり僕は僕で真面目に練習に取り組めばいいものを普段から冗談をして後輩を笑わせてなんとか尊敬されようという方向に舵を切ってしまいますます尊敬されなくなり、ある日急に尻を出しながら武道場に入っていくというつまらない冗談をやっている時に後輩から「木田マジでちゃんとやれ。つまんねえから」と怒られた時に否定された悲しさで泣きながら武道場を飛び出し、突然顧問の先生に「後輩達が一切僕に敬語を使いません!ビシッと言ってください!」と涙ながらに訴えるという気の触れた先輩になってしまいました。いきなり尻を出して武道場に入ってくる先輩なんてそれは当然尊敬されるわけがありません。当時の僕にはそれがわかりませんでした。

そうなる前、中学に入った時の僕はここから何かまったく新しいことが始まる、という期待と確信に包まれて生活していました。

一度だけ、これは今までの24年の人生の中で本当に1度だけなのですが例えではなく本当に目の前の風景がキラキラと輝いたことがあります。それは6時間目の授業が終わり、荷物をまとめ靴箱で靴を履き替え入部して2回目くらいに武道場に向かっている時僕の少し先のテニスコートのとこらへんに同じく1年で入った野口君と竹内君がいて「木田はやくいこう」とこちらに手を振ってる時に一瞬風景全体がキラキラとしたのです。

あ、今めちゃめちゃキラキラしたとハッとした時にはキラキラは消えてしまいましたがあれは何だったのでしょうか。おそらくですが、そのこれから何かが始まるという期待感や中学校というまったく未知の場所での緊張など、色々なものが混ざって視界がキラキラになったのだと思います。未来は尻を出し続けて後輩にキレられることになるのに。

思えば一瞬一瞬、何でこれを覚えているんだ?という人生の瞬間が何個かあります。僕の場合は保育園の散歩の時に僕の目の前の木にセミがいて、クラスのやんちゃなよしひろ君という子が「木田!それ捕まえろ!」と言ってきて皆が大いに注目してる中で緊張しながらセミを捕まえようとしたら焦りすぎて逃げられてしまい皆が落胆、よしひろは「あーあ。こんなことなら木田に頼まなければよかった」とキレて僕は悲しくて黙ってしまった、というのがあります。

これはたぶんよしひろ側はおそらく覚えていないだろう出来事ですが、僕は今でもたまにお笑いライブや普段などで「じゃあ木田やってみよう!」などと振られたりしたらそれが一瞬頭によぎったりします。

あと食い意地が張っている、と最近評されることが多いのですが保育園の時に僕は散歩していてかたつむりを捕まえて食べたりしていたらしいので小さい頃から最悪だったらしいです。成長したほうです。なんでかたつむりを食べたの?と聞いたら「おいしそうだったから」と怖いコメントをしていた、とも聞きました。僕自身はそれはまったく覚えていないのですが親が怖かったそうで強く覚えているらしいです。

三つ子の魂百までと言いますが、本当にそうな部分はあるのでしょう。キラキラを起こすような毎日を過ごしてみるよう努力します。

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by akuta-seiryou | 2017-11-27 12:08 | 思い出 | Comments(0)

火花と自分の話

皆さんはドラマの火花を見ているでしょうか。僕は見ています。僕はドラマの火花が大好きです。あの音楽、皆さんが頭の中に浮かぶかどうかはわかりませんが「ワーワーワワ ワーワーワ ワーワーワワ ワーワー♪」というあれがすごい好きです。この前も事務所の先輩と渋谷でお酒を飲んで、4時ごろ居酒屋を出て始発を待っているときにふと僕が(この場面で火花の音楽を鳴らすと・・!?)と閃いて携帯から火花の音楽を鳴らしたところ、さっきまで3月なのにまだ寒いだのもう暑いだのと本当に実のない会話をポツリポツリしていただけの僕たちが一気に火花の中の人物になれた気がしました。音楽の力はすごい。火花は後輩芸人の徳永という男がカリスマ的な雰囲気をもつ神谷という先輩に惚れてついていき、そこから起こるその二人を中心とした物語なのですが、ドラマ版はこの徳永の役を俳優の林遣都くんが演じていてこれがめちゃめちゃ良くて、ああ、こういう後輩がいたらどんなに僕のお笑いライフも素晴らしいことになるのだろうと思いながら見ています。先輩の神谷さんのボケを嫌がりつつ笑って突っ込むところとか見ていて「可愛いなあ」と普通に喋ってしまい、TVを見て一人で喋るバイのフリーターになっていた。神谷さんには程遠い。

好きな話なのでこのブログにも何度も書いているんですが、僕が高校時代に死ぬほど好きだった後輩の男の子と僕の関係性も火花と少し近いかもな、と火花を見終わった後ぼんやり考えていた。その男の子は僕が「めちゃめちゃ好きや。付き合いたい」と言ったら「僕は男が好きじゃないから無理やけど、木田さんのことはすごい面白くて好きだからいいよ」と言ってくれて面白さで繋がっているというのは火花的、イェイエイエ イェイエイエ♪という火花の曲の最初の部分が鳴りそうな感じはある。そのほかにも僕がその子とどうしても会いたくて深夜自転車を漕ぎまくってその子の住んでる団地まで行って「アアアーー!!!」と叫んだものイェイエイエ イェイエイエ♪が似合うなと思い出した。バイの火花を撮ってほしい。僕がバイト先のパートのおばさんに「あの子ホモらしいよ」と陰口を叩かれているのを睨み返しながら品出ししているところや、母親に「バイや!!」と切れているところも再現して撮ってほしい。林遣都さんよろしくお願いします。

もっと直接的なところで言うと、少し前にチャンス大城さんという次長課長さんとまったく同期というすごいキャリアのピン芸人さんとお酒を飲ませてもらっていた時がありチャンスさんはネタの際自分で「アマチュアのホームレスです」と自己紹介をしそこからずーーーっと鉄板のトークを喋りまくるというすさまじい芸人さんなのですがライブ終わりに「木田くん!木田くん!1杯だけええやろ!ここで飲もか!」とコンビニで買ってくれた度のきついレモンチューハイを2つ持って、そんなとこで飲むんですかというところにチャンスさんがドカっと座ったので僕も横に座り「乾杯やなあ!!」と言ってゲラゲラ笑うチャンスさんをすごい人だなあと思って話していると、どんどんチャンスさんが「ガクヅケは4回見たことあるけどどのネタもめちゃめちゃおもろかった!!ほかにないネタや!!」と褒めてくれ気分をよくしているといきなりギロッとこちらを睨んで「でもな気つけよ。お前らみたいなんは絶対頭うつからな」と言われえええっ!となった。

ニコニコいい感じで褒めてくれる日だと勝手に思ってしまっていたのでショックだったのだが話をきくとまったくその通りで、最終的に「それでも負けずによ、バンッ!となにくそ!見とけよ、ボケ!!と思ってガーッとやっとったら絶対大丈夫や」という長嶋監督のようなアドバイスをもらい感動した僕は最終的に幡ヶ谷のチャンスさんいきつけのピンク色のスナックまで行って、その日R-1ぐらんぷり3回戦に進んだチャンスさんが結果速報で有名どころの芸人が落ちているのを僕に見せて「木田!!こいつは落ちとるか!?」「はい。落ちてます」「俺は!?」「受かってます」「ガハハハハ」というのを延々とやりそこでも濃いレモンチューハイを何杯か飲んで、もう一軒いくぞとチャンスさんが言い僕も外に出たときに僕がゲロを吐いてしまいそれを見たチャンスさんが「おう吐け吐け!全部吐いとけよ!吐いたら中野いくぞ!!」と言って僕が吐きながら「はい」と言っていたのは火花っぽかった。この回は林遣都くんじゃなくて僕が徳永をそのまま演じてチャンスさんは神谷さんをやってもらいたい。酒に弱いバイとアマチュアのホームレスの火花。こんな火花は嫌だ、どんな火花?の回答が出来上がる。

僕の思い出の曲は好きな男の子がしばらく会えなくなる前に思い出に二人で行った東京旅行の最終日のベッドの上で「渡(僕の本名です)さんに聞かせてあげる」と言ってイヤホンを渡されて聞いたMAYJさんの「君に届け」です。これの歌詞は「君に届け。君に届け。届かない恋でもいい。傷ついてもいい。何度でも伝えたい。君に届け」というようにノンケに惚れたバイ殺しの歌詞なのですがこれをでもその、後輩君から僕に聞かせてくれるというのがすごい出来事で思い出してもああ、優しい瞬間だったと辛いが暖かい気持ちになります。僕はこの出来事を通して色々な困難などに耐える力を身に着けたので、将来は自分の子供もまずバイにして同性を好きになってもらってメンタルを鍛えさせたい。星一徹の大リーグボール養成ギブスというのがありましたがあれと同じで全身にバネをつけてバイにします。そのあとに必ず幸せが訪れる。将来の子供頑張ってくれ。

女の子でもバネをつけてバイにします。いやでも男のバイはまだいいけども女のバイはしんどいだろうなと思うことがあり、なぜなら女のバイになってしまうと好きな相手が他の人の子供を妊娠するということがあるからです。これは想像するだけでとても考えきれないような絶望が襲い掛かるだろうなと思う。好きな女性に自分の子供を産んでもらうことの幸せは少し考えただけでも相当なものだろうから、その逆の出来事のダメージもすごいのだろう。しかしいやいや好きな女の子が他の男とSEXしたり妊娠したりするのも絶望的だよというのもあると思いますが、それもめちゃめちゃ嫌でしょうけどそれでも極端なことを言ってしまうとその娘とお付き合いしてSEXできる可能性が0ではない、なぜなら異性だからというわけです。それが女性のバイだとまず女と女で子供をつくることは一般的な方法だとまだ難しいうえに相手が女を好きな場合というのも確立が低いのでそのまま他の男性と付き合って子供を産む、という流れになり悲しみまくるというのは目に見えています。
それでもなお自分の娘をバイにしたいのか、と言われると少し考えるところではありますが自分の痛みを理解して人の気持ちや自分の気持ちを考えれるようになれる人になってほしいということで、もしかしたら泣きながらバネをつけるかもしれません。

でも僕の彼女はバイではないので彼女とめでたく婚約して子供ができてバネをつけようとすると、普通にそんなバネをつけるなと殴られて終わってしまう話かもしれません。でも子供には「良生」と名付けたいです。りょうせいと読みます。意味は「両性のことを好きになって良い人生を送れますように」という意味で「良生」です。小学校の名前の理由の授業の時に「僕が立派なバイになって男も女も愛して良い人生を送れるようにとお父さんが名付けてくれました!」と発表する良生の姿が見えます。丸坊主にして手芸部に入れます。男としても女としても羽ばたいてくれ!

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by akuta-seiryou | 2017-04-10 05:02 | 思い出 | Comments(0)

ダイエット

あけましておめでとうございます。
去年の11月ごろ、僕は人知れずダイエットをしていました。人知れず、というのは実はもう放送は終わったのですがTVのダイエット企画のオーディションに通りその企画にチャレンジしていたのです。オーディションといっても数はあまりいなかったらしく、実際僕ともう一人くらいだったらしいのですがそのもう一人のほうの人がほんの少ししか太っていなくて少しおじさんだった、というせいで割と若くてまあまあ太っている僕が選ばれただけだったらしいです。まあまあ太っていて良かった。ダイエット、というと何をするのかというといわゆる健康器具的な物を使いその効果を身をもって実践するということらしくもちろん全般のダイエット器具に言えることですがいくらその器具がどれだけすごくても異様な食生活、例えば死ぬほどチャーハンを食べた後に死ぬほどラーメンを食べてフラフラになっているところにリアルゴールドをガバガバ流し込んでぶっ倒れる、というのを三食やっていたらもうそれはどんなことをしても太ってしまうというのは明らかだと思います。

僕はそこまでとは言わないものの食生活は乱れていたので、そこの矯正は必要だろうな。と気を引き締めながら初めてちゃんとした番組の打ち合わせに向かい、赤坂にあるその会社のオフィスに行きました。皆さんもそうだと思うのですが、オフィスとかものすごくしっかりとした空間にいくと身の丈の合わなさに緊張してしまい、フワフワしてしまう、ちょっとだけ芸歴の長い27~8歳の人たちが多い楽屋でも緊張するのにそんなレベルとはわけのちがう社会でバリバリ働いている人たちが大勢いるところに行くのはもうすっかり緊張してああ怖いなと思いながらエレベーターに乗り指定された部屋に入ると、部屋の中にめちゃめちゃ威圧感のあるでかいおじさんが座っていてうおおと思った。一目でおそらくこの番組の偉い人なんだな、というのがわかる風貌で気圧されながら「初めまして・・マセキ芸能社から来ましたガクヅケというコンビの木田と申します」と言うとなぜか不敵に笑いながらこちらに近づいてきてぶん殴られると思うほど近くに来た時に僕の腹を掴み「いい肉じゃん」と笑ってガシッと肩を掴んで揺らされ僕はヘラヘラ笑ってしまいました。絶対勝てない。食生活乱れてて助かった。殺されずに済んだ。と思っているとすぐもうそのあとはそのまま番組の人たちが用意してくれたズボンに履きかえて今の自分のバストウエストヒップ(ヒップです)と体重を測り実際にその器具に乗ってみたりしてというのを大勢の大人たちの前でやることになった。大勢の大人の前で見られながら自分がパンツ1枚になり尻や腹のサイズを女の人に測られて「ヒップ 102センチ!!!」などとカメラに向かって叫ばれるのは男の僕でもなかなか恥ずかしく、顔もどんどん赤くなってしまって最後には着エロデビューしたデブ女みたいになってしまい大変だった。怖いディレクターみたいなおじさんには普通に「AVじゃねえんだから」と言われた。

ダイエットというのは最初にも書きましたが、僕の中での一番の敵は食事制限でこれを守らないとどんなことをしていても痩せるわけがない。僕の場合当時のひどい時の食事は朝にかつ丼を食べて昼につけ麺を食べて昼寝をして夜にチキン南蛮を食うといったわがまま食生活だったので、これを何とかしないとどうしようもないので常人の量の食事を心がけていたのですが、今までそのような暮らしをしていたのに何でこんなことになってるんだ、とありえないほど逆の感情が働きだし急に悲しくなったりイライラしたり部屋の中でああ!と小さく叫んでしまったりと生理中の女みたいになってしまい、彼女に「こんなことになると思わなかった。辛い」とウンコのようなLINEを送り付け「しっかり噛め」という返事をもらって(噛めって言われてもよお・・)などと悲観していた。

どんどん重い女化していく現象は止まらなくなり、彼女に自分の食べる焼き魚定食の写真を送り付け「これで我慢するわ」と言ってダイエットに励んでいる自分を押し付けていたのだけども、今思えば焼き魚定食が食べれたらそれでいいだろという感じだし彼女からの返事もたぶん意味がわからないと思われたのか「うん」というような感じだった。我慢じゃないから。それくらいから飯はしっかり噛めば腹にたまる。ということが実感できるようになってきた。それでも僕の中のつけ麺を追い求める心は止まらずに、つけ麺を食べれないというだけで自分が被害者のような気持ちになり本当に落ち込み続け、船引さんとネタ合わせをしていても諦めたように笑って「それで、、いいんじゃないですかね・・」みたいなテンションになってしまうようになりこれはもうつけ麺を食わないことにはどうしようもない、最終目標体重までもまあまあ近づいてるからつけ麺1回くらいいいだろうと思い、めちゃめちゃ味の濃いつけ麺屋に行き、もうここまできたら一緒だからという自分にしか都合のよくない理論で特盛を注文して、きた瞬間に嬉しさでおおおと言いながら食っていたら、それまで調整していた食生活の中にいきなりめちゃめちゃ味の濃いつけ麺の特盛を流し込んだのがよくなかったのか体が拒否反応を起こし喉が痒くなり、つけ麺を食べながら咳ごんでいると次はなぜか腹が痒くなり自分の腹を見てみると腹の真ん中あたりに赤く発疹ができた。大好きなつけ麺を食べただけでこの仕打ち、、と思いながら残りのダイエットを頑張ったりして結局器具のおかげも大きくあり僕はマイナス8キロの減量に成功したのです。

先に書いていたあの怖い偉いおじさんもめちゃめちゃ褒めてくれて(ダイエット期間中の4週間でわかったのですが現場を仕切る立場の人、というだけで怖い人ではなかった。むしろ優しかった)終わって頑張って痩せたからと焼肉に連れて行ってもらえたりと終わってしまえばいいことばかりだなあと思っていると12月25日にオンエアだったみたいなのですがすっかり忘れてて見れなかった。見た人いたら教えてください・・

このほかにもあとはレンタル救世主というドラマの若手芸人役で泉谷しげるさんの前で「アウト木田」というネタを披露したり、2016年は様々なことが経験できた1年だった。というようなことをこの前マセキの事務所面談の時に若手の総合マネージャーの人たちと話した。話した、と書くと堂々とスラスラ言えたように聞こえますが実際は「なんで木田あんなことになんねん」と船引さんに言われたくらい緊張して言葉が出ず「あ、あ、今年、は、あ、ダイエット、そうですね。。レンタル、はい。ん。ああ。」と意味の分からない単語だけをゆっくり喋りつづけてマネージャーに「木田ずっと何喋ってんの?」と言われてしまうくらい喋れなかった。自己分析するに、僕の「怖い大人が怖い」という性格は何度か書いてても改めて完全に高校時代の野球部の監督にマジで365日毎日怒られ続けたからで、その刷り込みで怖い!!!と一度でも思った人の前では呂律も頭も回らなくなる。何もしてないのに怒られてるような気になるのだ。

高1の時に練習終わりに全体集合して監督に「渡(僕は本名が渡です)は今日はどうやった?」と聞かれて、ここはひとつお笑いをとってやろうと思い「ティーバッティングの時に疲れるので座ってボールを置く係を長くやれたのが良かったですね」と言って3年生2年生1年生を笑わせてよしよしと思っていると監督が「そうか。わかったじゃあ渡はもう練習くんな」と言い放った時のあの凍った空気は23歳になった今でも忘れられない。調子をこいていたら大人に思いっきりぶん殴れらたような怖さ。調子に乗ってはダメなのだ。ふざけてはいけない時がある、というのをホントに高1のそこで知った。その監督にしこたま怒ってもらったので本当にまだ少しはマシになって東京で暮らしているけどもやっぱり今でもできてないことがめちゃめちゃあるし、今年はガクヅケもいいけど自分をちゃんとする年にします。ね。!いいことですよ。今思い出したのですが監督に今年の年賀状を出すのをすっかり忘れてしまっていた。監督はたまに僕の動向を見てくれていると以前言ってくれていたので、もし見てくださってたらすいません。めちゃめちゃ遅れて年賀状が届くかもしれません。。すみません。今年も1年よろしくお願いします。
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by akuta-seiryou | 2017-01-05 23:20 | 思い出 | Comments(0)

1月の近況

この前のブログの最後に書いたR-1の結果なのですが、1回戦を勝って2回戦で負けてしまいました。野球のユニフォームを着てグローブをつけて世の中の矛盾をタッチアウトしていくという芸で挑んだのですが「居酒屋で ”あたし~酔っ払ったらキス魔になるんですよ~!”とか言ってる女! お前イケメンにしかキスしてねえじゃねえか! タッチアウト!」と叫ぶと客席が敵チームになったくらいウケなくて惨敗しました。皆アウト木田を相手チームだと思っていたのか。舞台の下のとこに声を拾うマイクがあってそれのせいでやたらと自分の出した「タッチアウト!」という声が響き渡るので1回目のタッチアウトが終わった後に(あと計5回タッチアウトと叫ばなくてはいけない)という事実に心が折れながらも何とかネタは終わりまでたどり着きました。心が折れても5回ならタッチアウトと叫べることがわかってお笑い芸人としての力が増えた。
Rー1終わりでそのまま夜行バスに乗って実家に帰った。夜行バスに乗り、消灯後に少しリクライニングを倒すと後ろの席からスススと手が伸びてきて僕のリクライニングを倒す用のレバーをグッと引っ張って僕の背もたれをグンっと前に戻してこられた。僕は最初何が起こったのか理解ができず、いやいやいやと思って全神経を背中に集中するとなおも足でグイグイ僕の席を押してきている。何かの勘違いかと思い背中のグイグイがなくなってしばらくしてもう大丈夫かなというころにこっそりゆっくり背もたれを倒してみると、また再度スススと手が伸びてきて僕のレバーを引かれて僕の背もたれはグンっと前に倒され最初の位置より前傾姿勢で僕の席は固定された。1990円の夜行バスに乗ってしまったからしょうがないのかという諦めとせめて顔だけでも次のパーキングエリアの時に見てやろうと思い、ちらっと見てみると普通の若い男で怖かったのでリクライニングなど一切倒さず前傾姿勢のままで帰省した。
だいたいがなんでこんなめに合わなくてはいけないんだということが往々にしてある、というのは今回みたいな夜行バスで知らない男に勝手に背もたれのレバーを引かれて前傾姿勢のまま東京~大阪を移動させられるというようなことが今回だけではなくちょくちょくそういうことがあり中学時代にヤンキーが教室に入ってきて最初にビンタをするのは必ず自分だったし、高校時代にバイトしていたスーパーでウチのスーパーでは売っていないような商品や腐った野菜を大量に持ってきて「返金しろ!」と騒ぐヤバいババアが最初に捕まえる店員も決まって自分だった。これはもう顔の具合というか雰囲気主にそういうところで決まるのだと思うのですが、顔がぼんやりしててこいつは大丈夫だ!という感じになるのかもしれません。中学時代僕は剣道部だったのですが、僕らが中3のときに中1の後輩達がまったく言うことを聞かず敬語も使わず「おい木田!」と舐められっぱなしということがあり、最初は反発し「俺は先輩なんだから敬語を使え」と対抗していたのですが「じゃあ剣道で勝負しよう」と言われ勝負したらめちゃくちゃボコボコにされて、剣道部の後輩に剣道で負けなのでもうなんとも言いようがないのですがそれでもやっぱりその頃は何とかして後輩に勝ちたいという思いが強く、最終的に「あいつらが全然言うことを聞かないんです!」と泣きながら顧問に言いつけに行くとしばらく話を聞いてくれた後に「・・お前らは剣道が弱いからなあ」と言われそこでハッと自分のポジションというものに気づき
、それからは後輩に剣道を教えてもらったり僕のかぶってるニット帽を「木田すごいそのニット帽似合うやん!」などと言われ本気で嬉しくなったりという関係性になりそれなりに充実しながら引退できた。引退試合の行きの駅のキオスクでこっそり「3Dメガネをかけて見る! 飛び出す衝撃SEX写真集」みたいな記事が付録でついている週刊誌を買って最後の試合をしにいく防具入れの中に隠していたのですが、それを持ってきているのが顧問に見つかってしまい引退の日だというのに正座をさせられて「剣道とは」という心構えを3Dメガネとエロ週刊誌を目の前に置かれて泣いている3年生に使う敬語なんてないから当時の後輩たちの判断はちゃんとしていたんだなと思う。
怒られた試合の帰り、結局返してもらった3Dメガネとエロ週刊誌を手に家に帰り、部屋でこっそりそのエロ週刊誌と3Dメガネをかけてページを見てみると、3Dメガネのせいで薄緑色になった裸のババアがぼんやりと宙に浮かんできた。こんなもの買わなければよかったなあと思いながらそれでシコッたのかシコらなかったのかは全然覚えていない。ぼんやりと薄緑色のババアが浮かび上がってきたのは覚えてる。女の裸。女の裸を一番最初に見たのは奈良のピンサロのおばさんで、2回目が奈良の違う店のピンサロのおばさんで、3回目がおそらく大阪の激安風俗「むきたまご」で4回目が大阪の別の激安風俗、で5回目が彼女である。僕は異性関係というものが21年間本当に皆無だったので初めて彼女ができた時まったくどうしてよいのかわからず、僕が後輩君という好きな男の子を好きでい続けている理由の一つである「SEXがない関係」というのを初めて2人で泊まった布団の中で延々と説明し続けて「だからエッチはしないほうがいいと思う」という話をして、最終的に彼女の顔の近くで「弟みたいに可愛い」と言い放つという世界で唯一のDVをしてしまっていた。わからなすぎるのにもほどがある。結局翌朝に彼女に淡々と僕の言っていることのおかしさを指摘されて頭を下げて今も付き合うことができている。SEXの知識。SEXの知識、というか僕はそもそも彼女ができるまでSEXを全然したことがなかった。初めていった奈良のピンサロで「ここに指を入れてみて」とおばさんの女性器の中に指を入れさせられ、指を入れた瞬間に「あああああ!!!」と初前戯でもウソだとわかるほどの爆音喘ぎ声を耳元で叫ばれてその後に「手をにおってみて」という風なことを言われ女性器に入れた自分の指をイヤイヤ臭ってみたらめちゃめちゃ臭くて「女の人はみんなこんな匂いがするの」とまた耳元で言われふざけんな嘘つきババアと思っていた。おそらく向こうからしたらサービスで女性器を触らせた後に童貞の男に甘い言葉を言おうとしてくれていたんだろうけどもその老婆心はまったくいらないと思った。
ピンサロのおばあさんの話の後に自分のおばあちゃんの話をするのもなんなのですが忘れないうちに書いてしまいたいのがあって、実家に帰って今大阪に住んでいる彼女と京都でお寺さんを参ってご飯を食べよう、ということになったのですがたまたま目的地の近くに僕のおばあちゃんが入院している病院がありついでに彼女と一緒にお見舞いに行きました。僕のおばあちゃんはもう80歳なのですが結構元気で病院にいながらもコーラを飲み「ガアア」とゲップをする姿が面白いので去年の夏よく見せてもらっていた。しかし親にきいた話だと最近はちょっとしんどそうな時もあるということだったので大丈夫かなと思いつつ病室に入るとおばあちゃんがいて「久しぶり」と声をかけると「光世か!」(僕の下の名前です)と返事をくれた。彼女を病室に入れておばあちゃんに紹介すると「光世がべっぴんの彼女連れて・・」と喜んでくれた。その後少し話してまたくるねと病室を出てああよかった色々嬉しいなあと思っていると廊下の奥の方の病室から「アア~~~ンッンッンッアアアア~~!!!!」と手マン!?!?!?!とビックリするほどの音量で声が聞こえてきて見に行ってみるとおばあさんがベッドの上で寝ながら「アア~~~ンッンッンッアアアア~~!!!」と叫んでいた。何がどうなってそういう状態なのかはわからないからそれに関しては知らないのですが、今それを思い出していて奈良のピンサロを思い出しました。暗い部屋でのあの爆音喘ぎ声と悪臭は女の人、ではなく「奈良」のイメージとして僕の中でついていて、近鉄奈良駅の付近はどうもだから嫌な性の気配がする、と思ってしまいます。
みなさんも奈良に訪れるさいは教えますので興味あれば是非。終わります。
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by akuta-seiryou | 2016-01-27 23:23 | 思い出 | Comments(0)

浅草

新年あけましておめでとうございます。今日が1月1日で、12月31日僕は家にいました。彼女も家族も近畿に住んでるので年末は僕は家で一人で過ごすことになります。僕は相方の船引さんと2人で暮らしているのですが、船引さんが12月29日から予定では1月6日まで実家に大型帰省をしているので家の中に一人になります。普段は夜中ふなじいの寝言(普通に喋るくらいの声量で寝言を言う)が隣の部屋から延々聞こえてきたりするとうるさいなあと思ったりしてそこからもし一人暮らしをしてたとしたら・・と思案してああやっぱ一緒に住んでるほうが色々楽だしいいなと思うと大声で向こうの部屋から「うるさい!!!」という声が聞こえてきてビクッとするみたいな生活なのですが、いざ船引さんがいないとなるとそれはそれでこの大きな空間を持て余すというか久しぶりに「夜が怖い」という感覚になり、この部屋の中にひとりぼっちだというのが怖くて弟に「ぷにほつ(弟の頬がぷにぷにだったので弟を実家にいたときそう呼んでいた)」とラインを送ってすぐ既読になるけども無視され、無視されてるので通話をしたらキャンセルされた後「いま妖怪ウォッチしてるから」と断られる4番目のセフレみたいな扱いをうけていたらひどく寂しい思いになってきてそうだせめて1年の最後の日だけは、良いものを、と思って以前から気になっていた安い刺身の食べ放題に行こうと思った。一人でいくのもいいけどもそれだと結局今の状況と変わらない、むしろ人がたくさんいて楽しそうに刺身を食べまくってる中で自分だけがひとり黙々と刺身を食べる、刺身を持ってきて自分で食べ放題の酢飯をよそって海鮮丼をつくって食べる、みたいなことをしていたら一人で一人の部屋にいるより寂しい気持ちになるだろうなと思ったので人を誘うことにした。仲の良いお笑いをやってる芸人さんが一人捕まり(その人の芸名は乳桃みゆ という名前で 詳しい内容は忘れてしまったのですがE-girlsが牛の出産を手伝う?みたいなネタを2分で披露してマセキのオーディションに落ちていた)その人と行くことになった。
事前に調べたところによると、その刺身の食べ放題の店はかなりの人気店で11時30分オープンだけどもすぐに行列ができるらしく並ぶときは早くに並んでも1時間待ちなんてザラらしく、これは年末だし人も混むだろうと思い11時に駅に集合、その後なんとか店の前までいくと行列どころか店の前には目の前のことが信じられない、という風にぽつんと立ち尽くしている女子中学生みたいな子が2人、という状況だった。どういうことだと見てみると、なにやら店の前は木の門みたいなのが閉まっていて江戸時代の閉店といった感じでもうこれは本当に開く気配がゼロだった。さらに本入口みたいなところには「29日から5日まではお休みです」という旨の
文章が書いてある紙が貼ってあり、ああなるほどこの女の子二人はこれを見てこんな表情になったのだと思って僕はさすがに22歳なので「あーやってなかったですね笑 え~調べたときは書いてなかったのに!」と余裕な振りを乳桃さんにみせようとしていたのですが、11時20分ごろに店の前にくるほど刺身食べ放題を楽しみにしていたやつがそんな自分はノーダメージみたいな感じでヘラヘラしているのは滑稽でそれならいさぎよくあの女子中学生2人のように刺身食べ放題がない事実に対して呆然と立ち尽くしていたほうがなんぼかましに見えただろう。それでもやはり心のどこかで(もしかしたら・・)という気持ちがあったので「いや~どうしますかね~」とその店の前を離れつつヘラヘラして店を探すふりをしながら11時30分を待ってみた。だいぶ離れた位置で11時30分になっても店が開かないのを確認して初めてああ失敗した、恥ずかしいという気持ちになった。僕たちが店からだいぶ離れたところでこっそり開店を確認していたのに対して、あの女子中学生二人組はまだ遠くからでもわかるくらい店の前で立ち尽くしていた。刺身食べ放題。食べたいよな。でも、江戸時代の閉店のような感じで木で閉まってたからたぶん、絶対開かない。あああと思ってばかりもいられないので、2人で今後のプランについて話をした。結果、浅草が近いので何か浅草付近でご飯が食べられればというので意思を統一して電車に乗った。浅草まで向かうまでの電車の中で僕は「食べログ」を駆使して安くて美味しい店を探していた。浅草といえばやはりもんじゃ焼きのイメージが強く、またでももんじゃ焼きは割と高いというイメージがあり、僕の彼女がこの前「もんじゃ焼きは家で作ると激安。外での値段はぼったくり」と占い師みたいにきっぱり言い切っていたのになるほどそうなのかと感銘をうけていたので安いもんじゃ焼きがあれば・・と探していたら350円で食べられるもんじゃ焼きがあるという情報が飛び込んできた。僕は乳桃さんにそれを報告して「これはいきたいね!」という話になりそこに向かうことにした。
なんでもそのもんじゃ焼きやさんは古くから親しまれていたらしく、味も美味しく値段も安いということで「食べログ」でもかなりの高評価だったのだ。これはいいですねもんじゃ焼きを食った後もお腹が空いていたら違う何かも食べましょうなどと話しながら浅草駅につき、地上に出ると人力車などがひしめいていて浅草!という感じで嬉しくなった。僕は浅草が結構好きだ。どの店に詳しいとか何が美味しいとかはまったくわからないのだけど、なんとなく人力車とか雷門とかの雰囲気もいいしスカイツリーがずっと見えているというのもなんだかそれだけ新しくてSFチックな感じでいいな~と思う。あとは後輩君との東京旅行で遊びにきたのも浅草だ。僕は江戸川乱歩が好きなのですが、一世一代の大博打で江戸川乱歩が昔入ったことがある銭湯があるから一緒にいこうと後輩君を説得して1970年くらいにできたような銭湯に行ったのも浅草だ。ジャグジーがついてある風呂があったので「これほんとに江戸川乱歩が使ってたの?」と疑われた。江戸川乱歩はこの銭湯たぶん使ってない。ごめん。ジャグジー風呂にあたる江戸川乱歩。「後輩君」という曲をラップしてPVを撮ってもらったのも浅草で、PVを撮ってもらってるときにその銭湯を探したのだけど全然見つからなかった。悲しい。幻の江戸川乱歩銭湯が浅草のどこかにある。銭湯は出てきてないけども浅草の中でラップしてるので聞いてみてください。CDが通販していて曲のPVはYOUTUBEにあります。よければ。。
話をめちゃくちゃ逸らしてしまったのだけど、戻して、浅草の地上で僕はその行き先の老舗もんじゃの店までの道のりをしらべたら1.7kmと出て、だいたい歩くと20分くらいかかるとでた。まあでも安くて美味しいもんじゃ焼き、全然歩きましょう!となってぐんぐん歩いた。歩いてる途中に「さっきのようなことがあるといけないから」と思って店の番号を調べて電話をかけてみるとおばあさんが出たので「今日ってやってますか?」と聞くと「やってるよ!」と元気に返してくれた。これは安心だとまたどんどん歩いていくと、目の前にその店がやっと現れた。外見がいかにも老舗のもんじゃ焼き、という感じで古い。しかし店の入口のところに「食べログ 認定店」というシールが貼られている。ああこれはここだここだ嬉しい!という気持ちになりガラガラと木のドアをスライドして中に入ると、やはりまあ店の中はそこまで広くはなく家族連れと老夫婦で2つのテーブルは完全に埋まっていた。ああこれはどうしたらいいのかなと思って店員さんを探すと、すぐ横でもんじゃを焼いているおばあさんがいた。あ、この人がさっき電話にでてくれたおばあさんだろう、と思って声をかけようとしたのだけど、そのもんじゃのおばあさんはさきほどの電話に出た時の声の印象からは想像もできないほど怖い顔でもんじゃを焼く準備のようなことをしていた。準備をしていた、というのは生地?を練っているような動きなどを延々としながら怖い顔をしているのだ。もちろん僕たちが入ってきて「いらっしゃい」も何もない。まあでもなんかこういう古いタイプの店って頑固な老人が切り盛りしていてまあそういう一見の客には厳しいのだろう、と思いああでもあんなに怖くて険しい顔でもんじゃを焼く準備をされたら喋りかけずらいなと思っていたらそのおばあさんが一瞬目をあげてこちらを見て僕と目があった。僕が「あっ・・」と口を開くと、もう次の瞬間におばあさんは目をもんじゃの生地に落としまた険しい顔でこね始めた。僕はこういう時の振る舞いがとても苦手で、というかこんなのほとんどの人が苦手だと思うのですがだいたいなんで生地を作ってる段階であんなに怖くて険しい顔をしてるんだ。焼くときならまだしも。焼かないと意味ないだろ。険しい顔も怖い顔も焼くときにとっといて。テーブルの方をみたら奥では老夫婦が今川焼きを二つ夕方までいるんじゃないかというペースで食べてて手前は子供連れのお母さんだったのですが地域に密着しすぎてもはや家みたいになっててこちらも僕らのことなんか見えていないといった感じでほぼ食べ終わってるのに全然どけず、もうここまできたら350円のもんじゃ焼きなんて頼みたくないし食べたくもなくなっていたのですがとりあえずこの立ちっぱなし、この店の中の誰にもリアクションがとられていないという状況を打破しようとキョロキョロ店内を見ると、奥にもうひとつテーブルがあったのであそこが空いてたか!と見に行くとそこに缶ビールをひとつだけ机の上に置いたおじいさんが座ったまま寝てて絶望していてこの店内ではもうどう振舞っても異常者のようになってしまうと思っていたら乳桃さんが「外で待ちますか?」と助け舟を出してくれた。是非そうしましょう、とへとへとの状態にで外に出てしばらく待ってもやはりあの食べ終わっていたはずの家族連れも一向に外にくる気配はなく、刺身食べ放題に引き続き、350円のもんじゃも諦めて浅草に戻った。なんで350円のもんじゃなんかを諦めないといけないのか。だいたい、ああいう接客、もううちはうちのルールね!という風にするのならするでいいのだけど、そうするなら「食べログ認定!」みたいなシールを目立つとこに貼らないでくれ。普通の店だと思うから。家の神棚に貼っておいてほしい。あと350円のもんじゃをそんなに怖い顔で作るのおかしいと思いました。というかもうかなり情けない。狭い店が満員で店員にも無視されるていうのは嫌だ。勝手に座ってあのおばあさんに「ちょっと!」などと怒られたらもういよいよそのおばあさんが作った350円のもんじゃなんか食えたものではない。
結局海鮮丼を食べてそのあとジェラートを食べて15時頃解散しました。海鮮丼美味しかった。

あとはこの前、先輩のライブを手伝っていた帰り道にそのライブを見に来ていた女子高生らしき人が「木田さん!」と声をかけてくださり「R-1頑張ってください!」と言ってくれたということがあって非常に嬉しい気持ちになりました。350円のもんじゃの前ですら撤退するような人間のR-1を少しでも覚えてくれていてありがとうございます。ありがとうね。
ということで僕は1月6日にR-1に出ます。マセキの若手統括のマネージャーの人に「別に出てもどうでもいいけどさ。エンタのパッケージそのままだよね」「エンタのネタ見せがあったら合格してたかもね」と言われたほどの完成度なので皆さん見に来てください。終わり
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by akuta-seiryou | 2016-01-01 12:31 | 思い出 | Comments(0)

4年だ

ツイッターを見ていたらアイドルが引退する直前に「たとえわたしに何の肩書きも才能さえもないとしても、わたしのこと見つけ出して、好きになると言えるかな?」という歌詞を書いてちょっと話題になっていたというのを知りました。僕の好きな男の子、後輩君も約2年前にバイト終わりに2人で歩いて帰っていたところ急に「僕の顔が、可愛くなくても、木田さんは今みたいに僕のこと好きになってた?」と聞いてきたことがあり、アイドルの歌詞レベルの日常会話をはけるというのはすごいなと思った。歌詞のほうは「まっさらなわたしだとしても、好きになるって言って欲しい」と続くらしいのですが、僕の方は「正直顔が可愛くなかったら今みたいな感じで好きにはなってなかったと思うけど、性格も好きだから仲のいい友達には絶対なってたよ」というふうに答えて「そっか。よかった」という返事をもらって沈黙。という女が撮ったゲイの映画のワンシーンみたいな感じになった。そもそもが僕と後輩君が出会ったのはお互い高校生のころで今僕が22歳、向こうが21歳でもう4年近くたっている。3年前の僕は後輩君が当時通っていた専門学校の友達と一緒にカラオケで遊んできたというメールが届いただけで、ラップバトルのために行っていた京都で時間を潰すために入ったブックオフの片隅で泣き崩れて座り込んでしまい、数時間後そのままエントリーしていたラップバトルに出て半泣きの状態でバトルをしてボコボコにされて実家の奈良に帰る終電もなくなった深夜の京都の鴨川沿いに座って後輩君が何を歌ったのか想像しながらまた泣きまくるというメンタルの弱すぎる女のラッパーのような暮らしぶりを送っていた。
その後も(僕と後輩君は同じバイト先だったのですが)後輩君と喋っているバイト先の女を見つけるとそこまで行って「二度と後輩君と喋るなアホ女」と挑発したり、終わりの方には後輩君と喋っているバイト先の男の友達にも「男が喋りかけるな」と意味のわからない注意をしたりしていた。しかし後輩君はその女の子にも「ごめんね。木田さんは悪い人じゃないから」と謝ってくれたりしていて、頭が上がらなかった。そしてまあそれら以外にもそのようなことが多々あり、奈良にいたらヤバイなと思って後輩君から離れた土地の大阪で一人暮らしをしたりしていた。しかしここでも困難なことが多く、困難なことというのは後輩君が当時通っていた専門学校が僕の住んでいた地域から自転車で約15分くらいのところにあるというものでこれが僕を多いに苦しませた。気軽に会えないようにわざと奈良から大阪まで引っ越したのに、なぜ家から15分自転車を漕げば後輩君の通っている学校に着けてしまうのだ。僕はしばらくは我慢していたのですが、やはりこれはもうどうしようもないと思い、奈良から大阪のその専門学校に通うには使うであろう駅を調べて朝の7時~11時くらいの間中、その駅から学校までを結ぶ直線距離を偶然を装って出会うために自転車で延々と往復していた。
後輩君に会うまで往復し続けるストーカーシャトルランを延々と続けていて、やっとそこでバッタリ会った時に後輩君が最初に言った一言が「やっぱり」だった。話すと「こんな直線距離の通学路、いつかは木田さんが見つけて偶然を装おって会いに来ると思った」というようなことを言われて直線距離の通学路にとても感謝した。みなさんは(こんな直線距離の通学路だったらあの人は簡単に見つけて偶然を装おって会いに来る・・)と思ったことありますか?そこでまあ久しぶりに会い、学校に向かうまで喋っていたのですが後輩君はこちらを一切見てくれず「なんでこっち見て喋ってくれへんの?」と聞くと前を向いたまま「横をむいて喋ってたら友達やと思われるから。前向いたまま喋ってたら最悪学校の友達に見られてもしつこい勧誘やと思うと思う」と言われて学校の友達に隠されているという事実にちょっと悲しい気持ちになりながらもまあなるほどと思ってそのまま喋り続けた。初日は久しぶりに会って喋れて最高に良かったな~と思って家に帰ったのですが、その日の夜寝るときになると朝にその子にあった分本当に嫌な悲しい気持ちになってしまい、その翌朝も6時30分ごろに起きて自転車をこいでストーカーシャトルランに向かった。そういうのを繰り返していると、その待っている時間を上手く使えないかという感じになっていき、その後輩君との待ち時間に聴く様の落語のCDをipodに入れたり、小腹がすいてコンビニでおにぎりや飲みものを買ってしまいお金がなくなるのをふせぐために家から水と自分で握ったおにぎりを持って行ったりして健康のためにしているジョギングと同じような感じになっていった。しかしまあどれだけ準備をしても会えない日はあり、そういう日はもう本当に日がな一日暗く過ごした。それでまあしばらく経ってやっと(後輩君と距離をあけるために大阪に住んだのに、毎朝会いにいってどうするんだ)ということに気づいてなるべく会いに行かないようにしよう。と決めた。しかしそれを決めてもそれまでのストーキングのため毎朝6時30分起きという超健康的な習慣は体に染み付いていて目が覚めてしまっていた。起きてしまったら行きたくなる、今行けば会えるかもしれない、いやもう会えないか、などで12時くらいまではそのことで頭がいっぱいで何も手につかなかった。行きたい気持ちと我慢しなければいけないという気持ちがぶつかり合ってそれらを相殺させるために「わーーーーーーーーーー!!!!!」とほぼ毎朝大声を出していたら向かいの部屋に住んでいるいつもスエットを着て外でもチンコを触っているおっさんが廊下でバッタリ会ったときに「大丈夫か?」と心配していつもチンコを触っている手で僕の顔と頭を撫でてくれた。おっさんがいつも外でスエットの中に手を入れてチンコを触っていることよりも僕の毎朝の絶叫のほうが確実に迷惑なので「すいません。ありがとございます」と謝れた。前にこのブログでも書いたのですが、後輩君に彼女ができたというのを聞いたときに大阪当時の僕はもうデロデロになってしまっていて外で叫んで部屋で叫んでという状態になっていた。何が辛いっていうのは当時、確かに自分は後輩君の彼女にはなれない、というのは理解しているし自分のカテゴリーと彼女のカテゴリーはまったくもって別、というのはハッキリわかっていたにもかかわらず「彼女ができた」というのを聞くとえ!!!彼女!!?!?となってしまっていた。僕が何年もかけてちょっとずつ自転車を漕いで色々頑張りながらめちゃくちゃ遠いゴールまで目指しているの真横を思いっきりスポーツカーが抜かしていって、その10秒後にラジオから「速報です!スポーツカーが速攻でゴールしました!!!」というのが流れてくるのを聴くのと似てるというか、自分にだましだまし「いやこの風景をみるのがいいんだよね」や「ゴールって結局目指してる過程がいいんだから」みたいなことを言ってあげている横を「バーーーカ!!!マジで意味ないぞ!!!!」と一瞬のうちに吐き捨てられながら速攻でゴールをされるというのは本当に堪えるもので、というかまあ例えの中で言うとそもそもそのレースはスポーツカーしか参加してはいけないものなのに何故勝手に自転車がエントリーしてるんだという話で、なおかつ直接でいうと女しかダメなのにバイの男がエントリーしてもダメだよという事実をつきつけられすぎてほんとにもう何もできなくなった。俺のマウンテンバイク。まあでも結局自分がそれでエントリーする際に「いや大丈夫です大丈夫です。ゴールとかははい特に考えてないので、風景を楽しみたくて、はい、ほんとに」みたいな感じで係員のストップを蹴って勝手にエントリーしたというのも事実だしそこにいくまで何度もおりれたのにずっとやり続けたということは、それはまあじゃあこういう結果になるのは当然のことでスポーツカーに失礼なことをしていたなと思う。僕がそもそも一番最初に後輩君に抱いた感情は(なんて可愛くて性格の良い子だ)というもので、さらには(この子の中で僕が意味のある存在になりたいな)というものでした。意味のある存在、が必要される存在、というものに変わりそれがだんだん「彼女」というポジションへの嫉妬に繋がっていったというのはこう考えると納得で、その部分に関しては後輩君から彼女についての話を聞いたときに「俳優を目指してるから正直経験で付き合っておきたかったというのもある」と聞いたときにかなり嫉妬や羨ましいという気持ちは薄くなり、僕が抱いていた感情はどういった種類のものなのかと自分で考えていたところ、前に後輩君に「木田さんのせいで僕は誰かがずっと僕を褒めてくれないと不安になるようになっちゃった」と笑いながら言われた後に「でも木田さんと会えてよかった。会ってなかったら今みたいな僕じゃなかったと思う」というのを言われた時にかなり嬉しい気持ちになってその後に色々思ったあと(後輩君が幸せに人生を過ごしてほしい)と思った。それを経て僕はもしかしたら親になりたかったのかと思った。後輩君が彼女と付き合うのは娘が嫁にいくのを嫌がるお父さんの気持ちに近いかもと言われれば近いかもしれない。会いたいのを我慢して部屋で叫んだりしていたというのを振り返ると親のバケモノみたいになってしまっていたのだけど、今のところこれがかなり近い感情でかなり自分の中でもしっくりくる。この前テレビの企画で後輩君ともしかしたらロケに行って2人で地上波に出れたかもしれないという話があったのですがダメになってしまい、ネタ番組のオーディションに落ちるより凹んだ。僕は最初のかなり大きなきっかけとして”後輩君とテレビに出る”という目標のためにマセキに入るため頑張ったのでつい飲んでるときに「なんのために芸人やってるのかわかってんのか」と熱い芸人の感じで人の前で愚痴をこぼしてしまって向こうはまさか「自分の好きな後輩の男と合法的に一緒にいれるため」とは思わず「もっとおもしろいネタをつくって頑張れよ」と言ってくれた。ごめんなさい。ネタの話ではありませんでした。僕はあらゆる手段でお金を稼いでお金持ちになって幸せな家庭をつくります。一軒家よりすごいマンションがいい。あとこの前みた映画で、内容はそういう内容ではなかったのですが観てる時にずっと”親がもし今死んだら僕は親を葬式にも出してあげられないのか”と思い、一刻も早くなんとか、お金をと思った次第です。来年も頑張ります!終わり


載せた歌詞はアンジュルムの福田花音さんの「わたし」という曲らしいですので是非聞いてみてください
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by akuta-seiryou | 2015-12-21 22:42 | 思い出 | Comments(0)

お正月

はやいものでもうすぐクリスマスで、さらには来年になってしまう。もう東京にきてだいたい2年間が経っているのだ。東京にきて最初の正月は、僕の肛門にできていた小さな痔が(クリトリスだと騒いで人に見せて遊んで喜んでいた)マジで怒って僕の肛門に蓋をしてしまい一ミリも大便が出なくなってあまりの激痛とこれまで自分の尻にできた痔に対して何の対策をとるでもなく、むしろ人にお願いして自分のケツをゆっくり開き肛門の上にある小さないぼ痔が授業中の小学生が発言する時のような勢いでひょこっととびでる動画を録って見て大笑いしていた自分の情けなさと読みの甘さに憤慨そしてやはり次第にそんなことどうでもいいほどの肛門の激痛で必死に付近の薬局で新年でも空いている薬局を探たところ家の近くの薬局は全部新年がっつり休んでいてめちゃくちゃ怒りながらトイレでスマホさわって検索していると家から歩いて30分ほどのところの薬局が新年でも空いているとの情報を掴み、あまりの激痛で肛門に負担がくる動きは全部無理なので自転車にも乗れず本当に少しづつ歩いていたのですが、薬局が近くなるともうはやくとにかく薬を手に入れたくて走ってしまい、映画のヒミズのラストシーンみたいな感じになりながら駆け込んだ薬局は暖房が聞いていて本当に暖かくて優しい気持ちになり、痔の薬のコーナーまでいきどの痔の薬にしようかと悩み、ぼんやりした知識で「ステロイド」が入っているのは劇薬なので一発で効くというのは知っていたのでステロイドステロイドと思いながらステロイドが入っている薬を発見。そのままレジに持っていき新年1発目の買い物がステロイドの入ったいぼ痔の薬ていうのは嫌だなて感じだったが本当にもう尻がいたいので買って即コンビニのトイレで塗ると、さっきまで痛かった江門からどんどん痛みが抜けてゆき、ステロイドってやっぱすごいんだなと思った。
そもそもステロイドは、そもそもステロイドはっていう書き出しもどうなのかと思うのですが、まあ僕は小学生の頃から喘息を患っていて喘息を同じく患っていた人はわかると思うのですがもう本当にめちゃくちゃ息ができなくてしんどくてどうしようもない時に吸引する薬があって、小さい筒みたいになっていて底を押したらシュッと白い煙がでてそれ口に加えながら吸い込むと発作が治まる、といったもので医者にそれを渡されたときは「これはどんなにしんどくても1日2回まで。これはステロイドが入っているから命に関わる危険性があるからね」という説明とともに小さいその筒を渡されめちゃくちゃテンションが上がった。
「1日2回まで」という制約と「命の危険性」や「ステロイド」というワード、白い煙を吸い込むという妖しい魅力などが小学生当時の僕の心をぎゅっと掴んでいた。当時から僕は幽遊白書が好きだったのだけど、主人公の浦飯幽助の必殺技・霊丸(たしか3~5発しか打てない)と自分のその喘息の薬を重ね合わせて、わざと学校のマラソンとかでペースをあげて自分を疲れさせて喘息の発作を起こして吸引して(残り1発・・)みたいな感じで楽しかった。中学にあがると(ウケたい)という気持ちが自分の中でかなり芽生え始め、友達に「これは喘息の薬で必ず1日に2回までしか使ってはいけない」という説明をしてから、口にくわえて10連続くらいでプッシュして吸引するという心臓を賭けた笑いを披露していたのですが一度それをやり終わったあとににマジで心臓の辺りがギュウッと締め付けられるように痛み出してこんなことで死にたくないと強く思ってからは吸引はやらず、ゴミ箱の中などにその吸引するやつをプッシュしてめちゃくちゃ煙を捨てるというランクが1個上がったギャグに進化した。
正月というと僕がこれも小学生の頃、京都のおばあちゃんの家でテレビでいつもここからの「悲しい時」を見ていて笑いすぎて喘息発作が出てしまい、年末でどこも病院がやっていないので救急病院にいって煙を吸わせてもらった。そしてこれは記憶が曖昧なのですが、その時に太ったナースのおばさんが「尻から入れるタイプの薬もある」と言って嫌がる僕を追いかけながら座薬を入れようとしてきたのもたしかその病院でした。女の医者は怖い。
まあとにかく次の正月で僕は2回目の東京での正月を迎えるのですが、僕の予定はもう決まっていて漫画喫茶で夜勤のアルバイトです。まあ正月はこれと言ってやることがないので別にそれでも大丈夫なのですが、何だか味気ないなあと思っていると10年その漫画喫茶でバイトしている35歳くらいのバイトリーダーの人が「俺出勤じゃないけど年開けたらここくるからさ。お祭りでご飯とか買ってもってくるよ」と言ってくれて10年もいたら年明け速攻出勤でもないのに来てくれるのかと驚きながらありがたいなあと思っていたら、その人がレジの中でスマホを触ってゲームをしているのをその人と敵対している朝番のパートの23歳の女に監視カメラで見つけられてそれを社長に密告されクビになってしまった。諸行無常すぎる。そのバイトリーダーの人は5年後の東京オリンピックに向けて英語版の接客マニュアルを自分で作っていたくらい仕事熱心な人で(いらっしゃいませ。ここは漫画喫茶です の下にwelcome to MANGAKISSA と書かれたのを見つけた時めちゃくちゃ笑った)そんな人を辞めさすのはもったいない、可哀想だなあ東京オリンピックまで働くつもりでいたのにまさかその前にクビになるなんて本人も納得していないだろうと思ってゴミ箱をふと見ると、その人が10年間履いていて履きつぶして薄ーくなった黒い靴がそのまま捨てられていて映画のラストシーンみたいになっていた。先輩のアドバイスによると正月・クリスマスはどんな常連の客も見栄を張って店にはこないらしい。色んな女のブースを上から覗き込もうとしたり女のブースの中にエロ本を投げ込んだりしたり、ブース中にフケを撒き散らしてその真ん中にはじめの一歩 87巻だけを置いて帰ったりしているような奴らに見栄も糞もないと思うのだけど、やはりあるらしい。まあでも基本的にはくるのでクリスマスの次の日は来るし、正月も2日から普通にくるらしい。新年明けて早々にフケで雪山みたいになってる部屋の中からなぜかいつも真ん中に置かれているはじめの一歩の割と最近の巻を救出するという仕事をして1時間960円を貰いにいくのはもうまったくモチベーションがわかなくて想像しただけでゲンナリした気持ちになるのだけどもまあいかなくてはならない。
バイトしていてなによりしんどいはクレーム対応で、もうこれは本当にもうしんどくなるでできるだけ0で対応するようにしています。クレームの内容というのも熱いたらこスパゲッティを前にして「これは全然熱くない」というクレームがきて、それを作り直して持って行くとさらにそれを食べ終わった後に食器を持ってきながら「もう1度たらこスパゲッティを」と目を見て注文されるという生きてきてこんなに緊張しながらたらこスパゲッティを作ることがあるのかというほど緊張しながらたらこスパゲッティを作って、仕上げに1500Wのレンジで30秒ほど温めて熱々にして持っていくと「これでいいんだよ」と褒められてホッとするというのをやっていてもうどうしようもないです。正月はせめて緊張しながらたらこスパゲッティを作りたくない。終わり
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by akuta-seiryou | 2015-12-16 17:17 | 思い出 | Comments(0)