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カテゴリ:日記( 27 )

ラフターナイトとデシベル

先日久しぶりにライブに出ました。「ラフターナイト」というライブ形式で収録されるラジオ番組で、普段はお客さんをスタジオに入れてやっているところを今回のコロナウイルスの影響で観客はなし、スタッフの方と思わしき人たちが間隔を空けて見ているといった具合での開催だった。オンエアされるかどうかはまだわからないのですが、本当に久しぶりに何人かの人の前で反応を受けながらネタをやりました。終わった後に自分たちのコンビの名前でツイッターで検索し感想を調べました。「おもしろかった」というような事を書いてくれている人がいて、いいねを押しました。その時やはり、自分は人から褒められるのが嬉しくて何かをやっているんだなと感じました。ニートtokyoというYOUTUBEチャンネルでサーヤ(ニート tokyo サーヤで調べてみてください)が僕の「後輩君」というラップの名前を出してくれて、再生回数が1万回(1万回!)上がったのですが、それでも嬉しいのはコメント欄に「素晴らしい歌だねこれは」というような意見が増えたことでした。ラップのライブをしたとして、目の前で喜んでくれている人を見て、そのあと声をかけられて褒められても嬉しいと思います。

2020年4月7日に緊急事態宣言が発令され、5月25日に解除、本日は6月23日ですので緊急事態宣言の解除からだいたい1か月ほど経ったことになります。3月の後半にライブに出演して、6月20日のラフターナイトまで、だいたい3か月ほど舞台に立つことはありませんでした。当初、これほどの事になると思わず、ネタ合わせを重ねたりなどして準備していた単独ライブも延期になりました。ただ自分としては、このような状況になったのだから当然だなという感覚と、それよりもコロナウイルスがとても怖かったです。怖かったというか、今も怖い。コロナウイルスに関して当然詳しいわけはなくネットで調べたりテレビで見たりとしたような知識しかありませんし、そうやって調べることしかできません。手洗いとうがいがとりあえずめちゃめちゃ大事だという事は間違いが無さそうなので、とにかく徹底してやっています。アルバイトもテレワークになり、緊急事態宣言の間は基本的にずっと家に籠ることができました。

家にいると褒められることはありません。僕は5人でルームシェアをしているのですが、リビングに住んでいる奈良田という男を笑わせても「おもしろかった」と誰か知らない人や、奈良田ですら褒めてくれる事はありません。ライブなどがあり、色んな意味で外に出るから評価を受けれます。しかしコロナウイルスは怖い、当然なのですが様々な事ができなくなっています。急にコロナウイルスがどうだとか書き出して何なんだと思われる方、僕としてはこのブログ内でコロナウイルスにそこまで触れている記事がないなと気づき、このブログは自分以外の人にも見せれる範囲の僕の日記というような位置づけを自分の中でしているので、読み返した時に自分がコロナに関してこう思ってたんだなとわかりたくて書きました。とりとめもあまりありません。続けて書きます。

みんなが不安を抱えている中で、お互いの許せる範囲から少しはみでた部分を重ね合わせながら過ごしていくというのは、おそらく大変です。先日お婆さんが外で子供に「かわいいねえ」と言って笑いながら近づいているのを見ました。その子の親は咄嗟に子供を引き寄せ、笑いながら去っていっていました。お婆さんとしては、無意識にしろそれは許せる範囲の「はみだし」だったのだと思います。ただ、親にしてみればなかなか許せない範囲の「はみだし」だったのだ思います。外に出て、人混みでマスクをしていない人を見ると(あ、マスクをしていない)と思うようになりました。自分がしていなくても、やはりそう思われるのかなと思うと、もちろんそれだけが理由ではないですがマスクをつけたいと感じます。でもできるだけあまりそういう事は思いたくありません。マスクをしていない人を見る時の自分の目はめざとく他人の粗を探しているように感じます。他人の粗を探してやろうと思って自分から探すのは、自分の性格の中にはもともとある部分で、自分の中では嫌ではありませんが、思わず探してしまう時の自分は気持ち悪いと感じます。

先日電車に乗っていると、小学校低学年らしき男の子2人が入ってきました。二人ともどちらもマスクをしており、偉いなあと思って見ていると、2人が何と間隔を空けるために席を離れて座ったのです。2人で並んで座れるところもあったのですが、そうなると隣の人と間隔が0になるという理屈を理解していてその場で判断して、話し合うこともなくそう動いた彼らに僕はとても驚きました。本当なら電車に入るなり大暴れでもおかしくない年頃です。というか本来はそのように育つ可能性も充分にあったのでしょうが、コロナウイルスによって公共の場所でのマナーというのが強く意識付けされるようになったのでしょう。その子たちは偉いし素晴らしいのですが、それに対応できない子たちとかは大変だろうなと少し思いました。もし自分が子供時代なら、あそこまで守れていなかった気がします。清潔さとは無縁の幼少期でした。外で落ちたお好み焼きを素手で拾って食べた事がありました。今でも焼売などを床に落としてしまった瞬間など、人間の体のサイズで考えると、少しくらい変なものが体に入っても大丈夫なんじゃないかという知恵のない考えが浮かぶ時がありますが、三角コーナーなどどうしようもなく汚いところに落ちてしまったら泣く泣く捨てるか、よく洗って食べれそうなところだけ食べたりします。先日はカップの油そばを台所の床に半分ほど落としてしまいました。5人の不潔寄りの男で集まって住んでいるわが家のキッチンということは、5人分の素足が自由なステップを踏んでいる家の台所ということなので、そんな所に落ちた油そば、もちろんこれは食べられないと判断し、手で拾い、捨てる前に念のため洗ってみましたが何の味もついていない麺になったので暗い気持ちのままゴミ袋に捨てました。先に捨てられていた「麺大盛り」と書かれたパッケージの上にむなしく着地した大盛り分の麺を惜しみながら、落ちなかった分の油そばをすすりました。

床に落ちたものを食うというのは圧倒的に動物的な雰囲気がします。もし徹底的に清潔にされた雑菌ゼロの床にパスタや米やサラダが置かれて、それを思い思いの食い方で食ってもよいというサービスがあったら繁盛するのでしょうか。一度くらいは行ってみたい気がします。僕が小さい頃、母親はよく家で家事や子育てが渋滞を起こすと「あー!!!!!」などと叫び、叫び終わるとスッキリした顔でまた問題に向かいなおすというスタイルを採用、実践しており、子供ながらにすごいと思っていました。思い返すと、僕が晩御飯用に作った唐揚げを一人でほとんど食べてしまったりしている隙に弟が買ったばかりのDSを「中が気になった」とハサミで解体したり、などストレスが同時多発的に起こる中で「叫ぶ」という原始的かつお金のかからないエコな手段で気持ちを発散させていたのはすごいと思う。小学校の時に「理想の家の間取り」を作るといった宿題で僕が「お母さんのためのストレス発散部屋」と称して、リビングよりも広いサンドバッグとカラオケルームが併設されている
部屋を用意した時は注意されたが、本心から好きなだけ叫んでほしかった。街中で急に叫ぶ人がいるが、あれもいきなりやられたらびっくりするが「今から叫びます」と手をあげて言った後に「わー!!!!!」と叫ぶならそれほど周りもびっくりしないだろうと思う。叫び終わったら「すいません。ありがとうございました」と言えばいい。山の頂上でしか叫んでいけないということはないのだ。いや、今では山の頂上でも「わあーーーーー!!!」と叫ぶとビックリされると思う。山にいってまで「今から わーーと叫びます」と言って叫ぶしかないのだろうか。もちろん、夜の住宅街やその他様々な状況で叫んではいけない場所はある。ただ、それのルールを守って、本当に叫びたいときに「すいません。今から叫びます」と先に宣誓してから叫ぶ。これはみんながやっていいようになってもいいと思う。ここまで書いたがこれはコロナウイルスなど関係なしの時期の話だなと思った。今からはさすがに厳しくなると思いますが、それもゴミ袋などをかぶって飛沫を完全に防ぐならもしかしたらできるかもしれない。

僕は現代人には「叫ぶ」が圧倒的に足りていないんじゃないだろうかと思う。叫ぶのが「びっくりする」「何かおかしくなってるのじゃないか」「迷惑」というような理由でダメならば、「挙手」「宣誓」「持ちつ持たれつ」の3つの対策で乗り越えられるだろう。ここで一個決まりを作りたいのは、目の前にそのストレスの相手がいる時に「大声」はやってはいけない。と思うのだ。それは喧嘩になるだけで、「あくまで今発している大声はこの空間の誰のせいでもありません。まったく別の原因からくる大声です」という約束が必要だと思う。僕はそのルールがあれば、街で「すいません。大声出します」と言って「わーーーー!!」と叫ばれても不快ではない。子供が怖がるかもしれないと思うかもしれませんが、子供は叫ぶものです。子供が年を重ねて大人になり「叫ぶ」ことをしなくなるのだと僕は思います。人工的に「叫び」を大人に取り戻したい。そう願うのみです。以前、栗原君という後輩が主催していたお笑いライブに「デシベル」というのがありました。それはネタ中の声の大きさを機械で測り、一番音が大きかった人が優勝というライブで、僕は112デシベルという「ヘリコプターの下」と同じくらいの叫び声を出して優勝することができた。結局コントの序盤の方の大声で112が出ていたとのことだったのですが、最後一番大きな声を出すために僕が一人で叫び声を出し続けるというのがあり、その時心から気持ちがよかった。デシベルは中野440という客席20も入れば満員になるような狭いところでの、演者と一番前のお客はスレスレというような劇場で、とてつもないくらいに大声を出してよくて、お客さんもそれを変だと思わない。「大声を出すライブ」なのだから、出していいのだ。普通のネタライブだと、やはりあそこまでの「大声」は出せない。最後のくだりは大声というより「叫び」だったので普段のライブでやると、どうした!?という雰囲気になるだろう。でもデシベルだとそれを見てもらえる。

大声は単純に面白い。しかしどうしても「大声で笑っている」というようにもなってしまいがちな大声に対する1つの感覚を、栗原君がそっと「今日は大声で笑いましょう」という単純なコンセプトに変えた時、何の重荷もなく、そこにある「大声」だけで笑っていいという空間ができたのだ。今となってはなかなか難しいコンセプトのライブになってしまい、あの時と同じような気持ちで開催できるのはなかなか遠いかもしれない。デシベルが何の不安も、違和感も、もちろん批判も起こる事なく、ただただ当初そうであったように純粋に「大声」のことだけを考えて笑えるようになる未来がくるように、行動したい。


by akuta-seiryou | 2020-06-23 08:19 | 日記 | Comments(0)

僕らの家におけるルームシェアリビング考察論

今僕は引っ越して芸人5人で住んでいます。僕、サスペンダーズ古川さん、フェー篠原さん、春とヒコーキぐんぴぃさん、舎弟のならたの5人です。僕含めて5人の顔も姿もわからない方が大勢だと思いますが、本気を出して探してみてください。情報過多社会なので3分もあれば全員の情報を集めることができてしまいます。

この家のそもそもの始まりは、栗原君という芸人が主催したあるお笑いライブでの打ち上げの席から始まりました。

打ち上げというのは基本的にまあ喋って飲んでというか、ある程度リラックスした楽しいものなのですが、僕はこの5人と席を囲んでいる時にかつてないほどの心地よさに包まれたのです。非常に新鮮な、それでいて親しみが深い心地よさでした。まるで家の中で部屋着に着替えて酒を飲んでいるような感覚に襲われた僕は「もうこれは住むしかない」と思い、提案すると、そこからは流れるように5人で一緒に住むことになりました。そして予想通り、いざ住んでみると最初は恐ろしいほどにストレスがありませんでした。

ならたは「一人暮らしだと思うと寂しすぎておかしくなっていたと思う」と言っていましたし、ぐんぴぃはしきりに「みんながいると楽しいなあ」と言います。篠原さんは病み上がりすぐにも関わらず「みんなに会えなくて寂しかったから」と療養先の実家からすぐに帰ってきてリビングに延々と居座り三國無双とパワプロを交互にやり続け、さすがに顰蹙を買っていましたが後日その件に対する話し合いを行い5人の絆が深まる一つの出来事として収まりました。古川さんはよく「俺はもう今日は寝るんですよ」と言いながら3時までリビングにいます。
皆それぞれ人恋しいんだと思います。僕も僕で深夜によく散歩にいくのでそれにならたや篠原さんやぐんぴぃに付き合ってもらったりなどをして楽しく過ごしています。

しかし次第にリビングの魔力、全てのやる気を奪う引力のようなものが、僕たちをダメにしてきていました。
同じような見た目の人間が集まるのでストレスがないのです。いつまでもいれてしまう。学生時代にグループが自然に分かれていたと思うのですが、そのような感覚です。誰に対しても無理をする必要がなく、かっこつけることなく、肘を張らなくていい。
僕が一度リビングで皆といる時に「なんだか子供だけで住んでるみたいですね」と言うと皆が目を開きワハハハと笑い、手に持っていた缶酒をぐいと飲んでいました。その光景が今でも脳にこびりついています。子供は酒なんて飲みません。しかし僕は、いえ僕らにとっては確かにリビングは何のストレスもない、誰にも怒られない子供に戻ったような感覚を味わえるオアシスだったのです。ただ、僕らが盲点だったのはそこが本当のオアシスではなく僕たちが意図的に作り出したオアシスだった点です。

仕事や様々な業務に疲れた人はよく「旅行に行きたいなあ」と言います。そして実際に旅行に行く。家族や気の置けない仲間と何泊かの旅行、皆はそこで英気を養い、また日常に戻ります。しかし旅行を年がら年中続けている人がいるとすると皆からいぶかしがられることでしょう。旅行した先で仕事をしている、旅行記事をメインに書いているライター、など何か理由がないとそんなことは許されません。旅行は大人が作り出した意図的なモラトリアム的期間だと思います。何もしなくていい時間をわざとスケジュールに入れることで、気を引き締めてまた仕事に戻れる。そういった時間なのです。そういった感覚を踏まえると、あのリビングはもはやリビングではなくオアシスやリゾート、しかしそのどれもが僕たちが意図的に作り上げたモラトリアムリゾートであり、モラトリアムオアシスだったのです。

僕たちは全員がバイトをしている状態です、そして全員がお笑い芸人を名乗っているので、つまりは自分の才覚を何とかしてお金にしたいと思い生きている、そのはずなのです。

それがこのリビングにいると、居心地が良い。リゾートなので当たり前です。水着姿の女性の代わりに自分の見た目と似たような男がたくさんいますが、それはそれで心地が良いです。しかし僕たちは毎夜毎夜こんなリゾートにいてはいけないのです。

僕はこの家に住んでから、ネタ前に緊張するようになりました。
それもネタ前といっても本当の直前、暗転した状態で舞台の上に立ち、あと数秒でコントが始まる、という時に緊張するようになったのです。自分のすぐ前には100人ほどの人間がいて、今から自分が何かをやって笑わせないといけない。そういう状態の時にリビングの姿が頭に浮かびます。リビングに敷いている布団の上で崩れ落ちたように寝ているならたやぐんぴぃ、部屋着のままで無心にパワプロに打ち込んでいる篠原さん、ズボンがずりさがって半分尻が出ている状態であおむけに寝て、ただリビングの天井を見つめている古川さん、このメンバーの姿が脳裏をよぎり、あんなところから出てきた自分がこんなに大勢の人の前で何ができるというのだというような気分になります。これはこのメンバーを下に見ているという意味ではなく、おそらく向こうから見ても僕も同じですし、というか5人等しく同じです。だからこそそんな自分が何ができるのだと思ってしまいます。この前その状態でネタをして、ウケてびっくりして感動しそうになったことがありました。
これはやはりリビングはあくまで適度にしなければいけない、そう思うには充分すぎる出来事でした。

そしてこれは本当に最近の出来事なのですが、とうとう僕たちのもとに管理会社から連絡がきました。「夜中にうるさいという連絡が頻繁に入っている」という旨の連絡でした。これは本当に反省すべき出来事で、毎晩行われる子供だけのモラトリアム期間にとうとう終止符が打たれました。先ほど僕が述べたリビングオアシス論の前後くらいのタイミングで、メンバーの古川さんもしきりに気にしていており「リビングにいてはダメだ、本当にダメになる」と言っている姿をよく見かけていました。古川さんから他のメンバーに対して過激に統制しようとする動きもちらほらとみえました。ただ僕は言いたいです。リビングがある限り、僕らはリビングとうまく付き合うしかありません。リビングをなくすことはできません。もちろん夜中に大きな声をたてて喋るなどはもってのほかですが、全員が良識を持ってリビングと付き合っていく、意図的なモラトリアムリゾートだということを意識した態度が必要なのではないでしょうか。全員が幸せになるための家として、もう一度この家を再生させたい。僭越ながら、僕はそう思います。

このリビングに関しては様々なことをまだ書けますし、僕は不勉強です。それでも日々の努力をおこたることなく、一人の人間として立派になるための貴重なステージなのではないか、と思います。本日はここで筆をおきたいと思います。

僕らの家から なるべく全員に愛を込めて 2月3日 木田

by akuta-seiryou | 2020-02-03 22:47 | 日記 | Comments(0)

究極の選択

最近とても驚いたことがある。

先輩芸人サスペンダーズのいとうさん(学生時代にバイクで自衛隊の戦車に頭から突っ込んで緊急手術をした跡が今も側頭部に残っている)らと話している時に「うんこ味のカレーか、カレー味のうんこか、食べるならどっちってあるけどさあ」と、よくある究極の選択の話題になった。

僕は「それ毎回思いますけど、絶対カレー味のうんこですよね」と言った。するといとうさん(お母さんが76歳)が「え、いやいや、カレー味のうんこだよ?うんこ」と言ってきた。「いや、でもカレー味ですよね」と言うと「いやだからさ!うんこなのよ?こうやって尻から出てくるけど、味はカレーなんだよ?」と言われた。

僕はこのとき、漠然とこの問いに対して抱いていたモヤモヤが霧が晴れるように澄み渡り、澄んだ景色の向こうから本当のカレー味のうんこが出てきたのを見た。

わかってもらえますでしょうか。僕は、これまでこの問いを「限りなくうんこみたいな形に盛り付けたカレー」と「うんこ味のカレー」という風に想像していたんです。

こんなもの比べるほどではないだろ、どれだけ形がうんこでもカレーはカレーなんだから。と思っていた。25年間、ずっとこれを聞かれるたびに「カレー味のうんこ」と即答していた。そのたび少しだけ妙な雰囲気になっていた。みんながキャッキャと悩んでいるのに僕だけ「カレー味のうんこ」と即答するからだ。「うんこやで!お前うんこくうんや!」と言われても(なんで形がうんこなだけでそこまで嫌がるんだ。実質的にうんこを食うことになるのは味がうんこのカレーのほうだろ)と思ってニヤリと笑っていた。まさか、それが、それが、ほんとにうんこだったのだ。尻からひりだされて、皿の上に乗った、たまたま味は奇跡的にカレーの、うんこ。

めちゃめちゃ笑った。初めて本当の意味でこの究極の二択の楽しさを理解した。どちらを考えても嫌で、またどちらも絶妙に選べない。尻からカレーの味のうんこが出てくるってそもそも何なんだ。めちゃくちゃ面白い。これを小学生の時に知っていたらやばかったなと思い「これ小学生の時に知ってたら皆に言いまくってましたね」と言うと「皆がそうだったんだよ」と言われた。たしかに。25歳の今でもこれだけ面白いんだから、小学生の時に知っていたら頭が壊れるくらい笑っていただろう。そういう意味では今知ってよかった。冷静に考えると、形だけがうんこのカレーと味がうんこのカレーを比べるなんてゲームとして成り立っていない。その違和感を無視してそれについて深く考えることなく、僕はあらゆる場面で「カレー味のうんこ」と即答し続けていた。情けない。ただ、これは、僕だけだとは思えないのだ。絶対にまだ「うんこのように盛り付けられたカレー」だと思っている人はいるはずだと思う。「あれは尻から出てきてるんだよ」と教えてあげたい。めちゃめちゃ笑ってくれるだろう。


これが最近かなり驚いた出来事です。でもこういう自分が納得していないもので全然認識が間違っているのって他にもありそうで怖いです。例えば僕は犬の小便に水をかけてなかったことにするのが納得いかないんですけど、あれってちゃんとした理由ありますか?小便を伸ばしているようにしか思えないんですよね。ほんとうに綺麗にするなら乾いた雑巾で吸い取らないといけないと思います。世の中はまだまだ、知らない事にあふれてますね。

追記

おべんとばこ中川さん(皆さんなんとかして中川さんと2人で喋ってみてください。会話中のボケのあまりのおもしろさと軽やかさに笑ってしまうと思います)が「じゃあ木田はタイムマシンに乗って過去の自分に言いにいくこと決まったね!あれはほんとのうんこだよ!って言いにいかなきゃ!」と言ってきて僕がなにかを言う前に「お尻から出るんだ!って!でも時間ないからすぐに別れちゃうから早く言わないと!いきなり目の前に現れて、ほんとのうんこなんだ!って!ほら!ほら!」とずっと言ってきてとても笑いました。たのしかった

by akuta-seiryou | 2019-05-21 02:38 | 日記 | Comments(0)

実家

実家に帰りました。

僕は小学生くらいの頃から実家である奈良からできるだけはやく出たいと漠然と感じており、その漠然な思いは中学に入りより実態のある強い思いに変わり、高校になって爆発した。

高校一年生の冬、母親に「高校を辞めて全国のお寺を歩いて回りながらエッセイを書いて暮らしていきたい」と自分のライフプランを告白した。誰に影響を受けていたのかはまったく覚えていないが、おそらくは中学の頃から学校が嫌で嫌でしょうがなく3年間耐えてやっと終わったと感じていた学生生活がまた3年間始まるというショックに入学してから気づき、自分の当時好きだった「学校を休んで東大寺を見に行く」と「さくらももこのエッセイ」を合体させた理想の職業を提案したのだと思う。それを伝えると、母親は「そうなら、入る前に言いや」と言ってきた。その後に「入学金も既に払っている」「野球部に入った際にかかったユニフォームなどの諸経費」などの懐事情の話を続けられ、「もったいなすぎる。他は何してもええけど、頼むから高校だけは出て」と言われた。「そんな職業でどうにかなるわけない」などとか言われるより「入る前に言え」と言われるほうが呆れられてる感じがして(ああ、この意見は通らないんだな)と理解できた。

当時の僕の頭には、もし食えなくても朝どこかの寺の門の前で倒れてたりしたら向こうとしてもないがしろにするわけにもいかず、雑用係として雇ってくれたり少しの間ぐらいは何とかしてくれるだろうという考えがあったので「食えない」系の反論は効いていなかったと思う。そう考えるとかなりありがたい返事だったと感じる。今でも本当にもうどうしようもなくなったらキリスト教会の前とかに倒れていてそこから住み込みで働くというプランを最後の最後の最後の手段で頭の片隅においてある。もし見かけたら助けて下さい。

結局高校は辞めずに、3年間野球部を続けて最後の引退試合の日に試合後のミューティングで大泣きして〆るという王道の高校生活を過ごし、寺を徒歩で回って誰がどう読むかもわからないエッセイを書く未来とは真逆の現実を過ごした。良かったと思う。

その後僕はストーリーを作る人になりたいと思い映画の専門学校に行くのですが1年ほど通ってある日「ここは主にカメラの技術を学ぶ専門学校だよ」と講師の人に言われて、どうりであまりストーリーをどんどん書いて映画をとろう!というような授業がないんだと納得して1年で辞めた。

その学校に行くために借りた奨学金の返済が今の僕のゆうちょの残高から毎月1万円を吸っていく。その学校の自主映像を撮る授業で僕は後輩君(https://www.youtube.com/watch?v=G0XFWbt0r_4)に手伝ってもらって、後輩君をパンツ1枚にして全身に様々な色の絵の具を僕の手で塗りカメラを回してその様子を撮ったもの、その次に後輩君をパンツ1枚にして真っ暗の中顔や体にだけライトを当ててトマトを潰して僕の手で体にいっぱいそのトマトをつけたり、女物のかつらをかぶせてトマトで口紅みたいにしたりしてる様子を撮ったものを2度提出した。あんな経験は今いくらお金を積んでも2度とできないのでそう思うとお金では買えないものというのは本当にあるんだなと思う。

そうして1年で大阪の学校を辞めた僕は、やっと奈良から出て一人暮らしを始めることになりました。大阪に住んでいる時は奈良まで1時間もあれば帰れるので、実質家の近くに一人で住んでいるというような状況で実際に週1くらいで帰っていた気がする。そんな状況なので、もちろん寂しいも何も思わなかった。その1年後くらいに、東京に住むことになる。僕は今東京で暮らしている。東京というと奈良まで帰ろうと思ったら夜行バスで8時間くらいかかる。

新幹線を利用すれば全部含めて片道3~4時間程度でいけるとは思うのですが、そうなると片道15000円以上、往復で3万円かかる。これはアルバイトでお金を稼いでいる状態の今ではかなりの支出であるので、そうやすやすは帰れない。なので夜行バスという選択になるのですが、そうなると時間もかかるのでどうせ帰るなら1日や2日いるだけじゃもったいない、何日かゆっくりしたい、1週間くらい空いていないといけないとなるとさすがにアルバイト君の自分でもそうそう丸々1週間何もないということはなかったりする、という連鎖で全然実家に帰れなくなる。そもそも僕は家は好きだった。地元から出たかっただけで、家にいる時間は好きだったのだ。学校を休んで家で母の作った弁当を食べている昼間や、金曜の夜自分の部屋にいて明日学校がないという喜びを噛みしめている時間、砦という感じがした。家が好きというと家族にべったりという感じがわくかもしれないが、そういうことでもない。母親も父親も自分にとってはいい具合に放っておいてくれていて、良かった。しかし、僕には8歳年の離れた弟がいる。弟に対してだけはどうにも駄目で僕は無性に弟に会いたくなる。

そもそも、0歳の時から僕はずっと弟を見ているわけで0~13歳くらいの間は修学旅行やその他何かを抜けば毎日会っている。僕が大阪で住み始めてから、どんどん会う頻度が空いてしまっていて、いまでは3か月に7日程度だ。本当に、毎日毎日見たい。
以前漫画喫茶でアルバイトをしていた時、常連の嫌な女の客の顔をみる回数が1年で弟と会う回数をどんどん追い越していくのが本当に憂鬱だった。会いたくもないやつの顔を見る回数がなんで弟の顔を見る回数を追い越すのか。となると、実家に帰りたいのかというとそういう訳ではまったくない。奈良にずっといて、中学の時に怯えていた不良に大人になってまで怯えながら生活をするのは絶対に嫌だ。母親の年齢を47歳くらいだと思っていたのだが、55歳だった。親も年を取り、弟も年を重ねる。18歳が19歳になり、20歳になる。その3年間は絶対に見たい。悩んでいる事もあるだろう。直接には話さなくても、ぽろっときっかけのような一言を少し言ってくれたりそれだけでもいい。弟の悩みを知りたい。僕にどうこうできる自信があるわけではないが、知りたい。
だからなにがどうできるという訳ではまったくないし、何の解決にもならない。こういうのはいいお兄ちゃんなのか、悪いお兄ちゃんなのか、どうなんだろうか。悪いお兄ちゃんて響きがとても気持ち悪い。いつか「悪いお兄ちゃん」という映画を撮ってみたい。

自分に兄がいたとして、僕みたいな性格だったらと考えたら嫌だった。距離が近くて気持ち悪いと感じると思う。僕は弟にキスもしていた(いる)し、何歳になっても外で手をつなぐ。この前も頼み込んで外で手をつないで歩いていて、ふと鏡に映った自分の姿はとても醜悪だった。実家に帰って弟に会うたびに「お兄ちゃんとの覚えてる1番古い思い出を教えて」と言っている。思い出を兄弟間で共有することで、ホッとする。聞くたびに弟は少し嫌そうな顔をするが話してくれる。

by akuta-seiryou | 2019-03-26 07:37 | 日記 | Comments(2)

新垣とスカイツリーまで歩いた

 この前後輩の芸人とスカイツリーまで歩いた。

錦糸町にて、怪談のフリーライターをやってらっしゃる方に22時40分から5時までサイゼリヤでぶっ続けに怖い話を聞きまくってすごく震えて明けた朝だった。

僕は初めてそんな6時間もぶっ通しで怖い話を聞いたので、どんどん怖さが蓄積されていく感覚に耐えられなくなって「怖すぎます!!ちょっと待ってください!」と言ったのだけども全然待ってくれず、耐えきれなくて「トイレいきます」と言ったら「じゃあ僕も」と言ってトイレまできて「あの鏡に何か映ったら怖いですよね」と言ってきた。それはまったく関係ないだろ。

ただどの話も興味深く、しかも怖くて、6時間ずーっと楽しくて僕と後輩の子、ドリンクバーというコンビの新垣という21歳の子はとても満足だった。

そのテンションのまま、朝5時になって、このまま帰る感じでもないなとなって浅草周辺だとどこからでも見えるスカイツリーが錦糸町からも見えていたので、スカイツリーを目指して歩くことにした。

僕は歩くのが好きなので、歩くのが好きな人を見分ける嗅覚が少しあるのだが、新垣は予想通り好きそうだった。新垣君は沖縄の子で、2年前に東京に出てきてマセキに入った後輩なのだけども、僕は遠方の人と東京で出会う、というのが好きで「じゃあ2年前は沖縄にいたってこと?!今こうやって喋ってるのって2年前では想像もできないよね!!だって見ず知らずな訳だったしさ!!」と言いはしないが思う、テンションが上がる。今から3年後くらいに新しく知り合ってる人が今も確実にどこかにいる。今、蕎麦を食べてるかもしれない。コンビニで、まるちゃんのカップ蕎麦を買って、家に帰ってる途中かもしれない。帰り道、気をつけて..。

新垣とはどんどん歩いて、楽しかった。

僕が以前からいきたかった亀戸にある「DIVE」という24時間の弁当屋があり、そこにも行った。

そこは1キロ弁当というめちゃめちゃな量の揚げ物とご飯がぎっしり入っていて600円というすごいメニューがあるとのことで、それを買いたかったんだかども、なくて300円の弁当を買った。それを2人で分けた。近くの公園を探してベンチに座ったところ、大量の鳩がよってきた。

僕の彼女は鳩がすごく苦手で、よく一緒に歩いていたりして鳩がいると無言でものすごいリアクションをして鳩から離れたりしていて僕も最初は笑ったり、過剰だなと思ったりしている程度だったのだけど、いざそんなリアクションを見ているとだんだんと鳩が自分も苦手になってきてしまって、あの赤い目とか変なスピードとか動き方とかが少し怖くなってしまっていたところだったので、少し嫌だなと思っていると、新垣が「あの鳩見てください。片足ですよ」と指をさした鳩は実際に片足でジャンプしながら動いていた。

僕が見たところ足が真ん中にあるように見えて、事故で足がなくなったというより生まれつき一本足というふうに見えてしまい怖くなって「ここを離れよう」とベンチを立った。

スカイツリーまで歩いている時に、僕はずっと火花が好きなので「神谷さんみたいに振舞ってみたい」と言って無頼だけど人懐っこい、どこか危ない雰囲気のあるけど優しさもある神谷さんという先輩芸人の感じで接していたのだけど、不意にスマホの充電が残り30パーセントになってるのをみてしまって「あとでどっかで充電したいなあ」と言ってしまって自分で「充電したがってる。帰りの地図が不安やから」と冷めてしまった。

こういう感じで散歩してる時、なんとなくこのままどこでも行っちゃうよ、という感じがいいのに帰りのこととか心配してる感じがでるとテンションが下がる。あと神谷さんは後輩といる時「充電」とは言わないと思う。もし新垣が「どっかで充電したいです」と言いだしたら言いはしないけど嫌な気持ちになっていただろう。と思って「充電って言ってごめんね」と謝った。「はあ」と笑ってた。

しかし新垣は新垣で「急に後ろを振り向いて自分とすれ違った人が怪我をしたりしていないか確認しないと気になりすぎてそわそわするから確認する」という行動をかなり頻繁にしており「それをやめてくれ」と言っても「すいません」と言って我慢することはできてなかった。あれめちゃめちゃ変だった。

いっぱいお酒を買ってあげて一緒に飲んだ。
新垣は背も小さくて子供みたいなので、子供にお酒を飲ませてるみたいで面白かった。

by akuta-seiryou | 2018-05-12 04:20 | 日記 | Comments(2)

古本屋

先日入江陽さんという音楽を生業としている方から「以前にアップルミュージックで配信していた木田君のCDの売り上げがあるからまた振り込むね~」という旨の連絡を受けた。

そのことをすっかり忘れていたので、不意に来るお金にテンションがあがっていると「話は変わるけど、今度木田君の弾き語りのCD出すの一緒にやりたいですよ!手伝わせてくださいよ!」というメールをもらった。

入江陽さんという方はしっかりと音楽をやっていて、自分のCDのほかにも映画音楽も作っておられて今度その映画が全国でやったりもするという超しっかりした人であり、すなわちこの人のバックアップを受けてCDを出せるというのは端的に言ってかなりありがたいことで何が何でもこれにすがらなくては、と思い「ありがとうございます!!お願いします!!ぜひやりましょう!!」と返信すると「ありがとうございます!今何曲くらいありますか?」と言われ、固まってしまった。

完全に0曲なのである。なんといっても僕は未だGすらまともに弾けない状態でいて、練習といえばめちゃめちゃ簡単なコードであるEmをポロロンと弾いて一人ニヤっとして終わりみたいなどうしようもない状況で、しかしその旨を入江さんに伝えるとこれはまず100パーセント呆れられる。

今の僕の状態で入江さんに見捨てられるとなるとかなり危機的な状態になる、入江さんにだけは、入江さんにだけは見捨てられてはならないと思い「0曲ですが、今懸命にGを覚えているところですよ!!!!!!!!!!!!!!」とびっくりマークの数だけでやる気を表現して現状をそっと伝えたメールを送った。

その日からゆっくり頑張り、いまのところCとEmとGとDとAmとFが押さえられるようになりました。入江さん!コード覚えましたよ!!

入江さんとの出会いはおそらく僕が2年と半年くらい前に出した「後輩君」という曲に「よかったですよ!!」という風な連絡をいただいてからのお付き合いだと思います。

後輩君というのは僕が高校時代に出会って好きになった男の子への気持ちを歌にしたもので、これがなかなかによかったので褒めてもらうことが多く、それを受けて調子に乗って出した2曲目が「SUMMER TOWN」である。

これはもう何度も書いたのですが、SUMMERTOWNは「後輩君という名曲を世に送り出した人間の曲とは思えないほどの糞曲」という昔のファンからのダメだしを受けてしまうほどの出来になってしまい(これは名誉のために書いておくのですが、トラックは抜群に綺麗でかっこよくてPVも素晴らしく綺麗で、何がダメだったかというとひとえに僕の歌唱力の振り切れてなさ、PVでのたたずまいです)完全にやる気がなくなってしまっていた。しかしクラシックギターと僕の化学反応で大変なことを起こしてやりますよ!!そう意気込んでいます!!!

話は変わりますが、最近僕は足繁く通っている古本屋があります。

最初その店に入った時は品揃えもよくて意外な本が安かったりと普通に良いなあという印象でたまたま近くを通ったら寄る、というぐらいのものだったのですが何度か通ううちに少しずつその店の違和感に気づき始めました。

そこは女性の店員さんがほぼ一人で店番をしているのですが、行くとかならずおじいさんがその店員さんに話しかけているのです。それも本にまつわるような話ではなく、どうでもいいような雑談を延々としていて、なかなか終わらない。そんなに広くない店内なので会話の内容も筒抜けで、こちらも(なんでそんな話を延々としているんだ?)とモヤモヤするのです。

最初のほうはたまたまだろう、と思っていたのですがまた行くと別のおじいさんがいる、また別の日にいくとまた別のおじいさんがいる、また別の日に行くと別のおじいさんがいる。といった様子で、僕は釈然としない気持ちのままなんなんだここは..と外にでると、なんと外の100円本のコーナーのところに店内の様子を伺いながら自分の番を今か今かと待っているおじいさんが3人もいたのです。

僕は驚愕し、なるほど、ここは、老人たちが若い女性店員を目当てに話だけをしに来る地獄の本屋になっていたのだと理解しました。

それを知ってしまってからは僕はこの本屋の虜になってしまい、用のない日もわざわざ自転車に乗ってその店までいくほどのフリークになってしまった。

今日はどんな老人がいるのだろうとワクワクしながら入店すると、若作りを無理矢理している雰囲気のおじいさんが「俺さ、この前ストリップいってきたよ。尻だね、尻、女はさ!」と直接的に性をぶつけていて、女の店員さんがもう勘弁してくれといったふうに苦笑いしているのを見てウケたと判断したのか「この前なんて上野にGパン買いにいってさ、そしたら綺麗な尻したお姉ちゃんが3人いて俺がその尻をジーっと見てたらさ、何なんですか!とか言われちゃって、綺麗なお尻だねえと言ったら笑っててさ。なんでかなあ、俺ってなんかそういうの女の子に言っても大丈夫なんだよな」と一息に喋っていて、僕はゾクゾクしながら店員さんのリアクションを見るとああなんでこんな本屋になってしまったのだろうという感じに疲れ果てていて、僕は興奮してしまい2000円くらいの読む予定もない本を買ってしまいました。

また別の日には、普通に本の話を延々としているおじさんがいて、ああこの人はそこまで無茶なことはしないんだなと聞いているとそれまで目も合わせていなかったのに、いきなり顔を見て大きい声で「君はかわいいねえ」と言って帰ったおじさんがいて、何で最後にそんなモヤモヤすることを大声で言って帰るのか、リアクションも見ずに!!!ああ!!こうやって考えていることがもうあのジジイの思う壺なのか、なんなんだ!!とテンションが上がってしまい、もう持ってる本を普通に間違えて買ってしまった。すっかり僕はもうジジイたちの虜である。

本という共通の趣味と客という立場と知識という武器を使って、おとなしそうな古書店の女店主に懸命にセクハラしているジジイたち。僕の生活の活力にもなっている。

皆さんも探してみてほしい。ヒントは中野区です。またね

by akuta-seiryou | 2018-04-13 00:00 | 日記 | Comments(0)

実家と仮想通貨

母親が仮想通貨に騙されているかもしれない。

僕は実家が奈良県なので、母親も当然奈良に住んでいるのだが半年ほど前に実家に帰った時「スージーコインを買ってん」と言ってきた。スージーコインというのは何なのか。まったく聞きなれない言葉に驚いてる僕に母親が得意気に「仮想通貨やん」と言ってきた。

仮想通貨、僕の家はどちらかというと裕福ではなく以前僕が東京で家を借りる際に親に連帯保証人を頼んだ時に不動産屋から「親の貯金額を教えてほしい」と言われ、母親に「貯金いくらあるか教えて」と連絡すると「全然ないで!ほんまに!ほんまにない!」と若手芸人のリアクションで言われ「ほんまにないっていってもそんなないことないやろ」と言っても「ほんまに!ほんまにやから!」と言う母に「とりあえずいくらあるか写真送って」と言ったら40000円という残高が写された写真が送られてきた。ほんまになかったのだ。

そんな状態である我が家が、仮想通貨を?僕の頭の中では一瞬で「詐欺」や「騙される」「田舎を狙った」などのワードでいっぱいになり「それ大丈夫なん?詐欺とかじゃないん?」と聞くと「知り合いの玉子の社長からここだけの話、て教えてもらったから大丈夫」と全然大丈夫じゃない感じのことを言われた。

玉子の社長というのをまず聞いたことがない。全玉子のトップに立つ人間なのか。社長の玉子?と思いそれはそれで怪しいが「社長の玉子?」と聞いたら「玉子の社長」と返された。どうやら知り合いで奈良で玉子会社の社長をやってる人が「ここだけの話」とお母さんに教えてきたそうだ。どうにも怪しい、と思って深く話を聞くとますますよくわからなくて「辞めた方がええと思うで絶対」と言うと「まあでももう10万買ってもうたから、、」と言って苦笑いみたいな顔をしてきた。

「まあお母さんらもそんなお金ないからこれ以上は買えへんしなあ」「宝くじみたいな感じでな、まあ、ええやん」と言ってきた。うちは毎年年末ジャンボ宝くじを1万円分くらい買って「こんなもん当たらへんからな!夢見る時間を買っただけ!」と母親と父親が揃って笑っていて、いざ発表の段になると全部外れていた宝くじを前にして「はぁ..」と死ぬほど落ち込んで「最初っからわかっててん!こんなん当たらへん当たらへん!!捨ててまおこんなもんな」と憎しみをこめてゴミ箱に1万円分の宝くじを捨てるという本気で7億を狙う姿勢からくる落ち込みのショーを見せられていたので「宝くじみたいな」という言葉は完全に希望がないのと同意なのだがまあ買ってしまったものはしょうがないし、僕としても両親が少しばかりの希望に顔が明るくなってる姿や、もしかしたら、もしかしたら本当にお金が増えたりするのかなという思いもあり「ほんなら好きにしたら」と言っていた。

それが半年ほど前である。僕はつい一週間前くらいにまた実家に帰った。母親に「仮想通貨どうなったん?」と聞くと「それなあ。相談しようとしててん」と言われ不穏だ、と思うと「海外で通帳作るからな、パスポート作ってくれて言われてな」とさらに不穏なことを言われ「あとなんか、王様たまごっていうのと生きくらげていうのを月に1万円買わなあかんくなってん」と言われ「絶対騙されてるやん!!!!」とお笑いのツッコミみたいな気持ちになった。さらに「ユーチューバーのスージーて人がこのコインの説明をしてる」「再生回数は273回」とどんどんボケてくる稀代のパフォーマーになった母親についていけず「ちょっと待ってって、やっぱり怪しすぎると思う」と言ってかなりの時間説得をした。

スージーコインだから、スージーというユーチューバーを作って説明させる、というのが何かもう奈良の田舎の老人たちを甘くみている感じがして無性に腹が立った僕は「絶対辞めてほしい」と強く伝えた。スージーて。「どうしたら騙されてくれますかね?」「うーん。ユーチューバー作るか」「なるほど」「名前はスージーコインだから、スージー!」「笑」みたいな流れで決まったに違いなく、僕をここまで育て上げてくれた母親をそんなやつらが搾取しようとしてるというのはどのようなことがあっても許せない。

「仮に、それがちゃんとした仮想通貨やったとしても、多分普通にめちゃめちゃ難しいと思う。僕らじゃおいつかんレベルの賢い人でも失敗してるねやから。辞めた方がいい。お母さん、辞めて!」と頼んだら「ううん。。そうやなあ。辞めた方がええかあ。そやなあ」とだいぶ弱ってくれた。

お母さん、というのが効いたのだ。息子からのお願いだ、というのを明確に言葉にしたことで母親の気持ちに直接訴えることができた。言葉というのはすごいものである。すると母が少し考えて「わかった。お母さん、辞めるわ」と言ってきた。

僕は歓喜した。とうとう「辞める」という言質を取ることができたのだ。あの手この手で犯人の心をなだめ、ゆさぶり、時には厳しく迫り「僕がやりました」という言葉を引き出した時の刑事やネゴシエーターはこんな気分なんだろう。「でも、一応付き合いもあるから明日最後の説明会だけいってくるわ」と言われた。付き合い?と聞くともともと何人かの友人たちとそれを一緒にやろうとしていたらしく、まあそれくらいは、もうしょうがないかと思った。母も母で色々あるのだろう。

翌日、僕が東京に帰る日の夜に母親が外から帰ってきた。僕は「どうやった?」と聞くと母は「ん〜!でも、海外で通帳作るっていっても、大丈夫そうやってん!!」と言ってきた。スージーにやられたのだ。あの憎っくきユーチューバーのスージーに。僕は母親をスージーに取られたショックで「そんなわけないやん」と声を絞ると母親は「まあまあ。お母さんには水素もあるし。水素水飲むか?」と実家の水道をひねって水素水を出してきた。忘れていた。僕のお母さんは水素もやっていたのだ。スージーコインを倒しても水素が待っている。僕の実家の水道は水素を発生させる装置をつけまくり、合体ロボットみたいな見た目になっている。

僕が子供の頃から使っていた水道とはもう似ても似つかない見た目になっている。人間は変わる、思い出の景色も変わる、それを止めようとするのは良いことであろうと悪いことであろうと本当のところでは家族であれ誰であれ関与できないのだ。「そうか。じゃあ気つけてな」とだけ言って僕は夜行バスに向かう準備をした。「東京でも頑張るんやで」と母親が握手を求めてきた。握手をすると、手があったかく活力がある感じがした。この元気の源はもしかしたらスージーコインと水素のおかげなのかもしれない。それ自体がどうかより、それが母親を元気にしているのならもう良いのかなと思ったが、あまりにも痛い目にはあってほしくないので「お金使いすぎんようにな」と頼んだ。母親は笑いながら任せてくれ、と言わんばかりの顔でうなづいてきた。任せられないから、と思って笑ってしまった。僕は夜行バスに乗って東京に帰ってきた。終わり。

by akuta-seiryou | 2018-02-22 19:51 | 日記 | Comments(0)

2018年とプレゼント

新年明けましておめでとうございます。

2018年が始まりました!僕は去年の暮れからクラシックギターを始めました。始めた理由というのも、僕は3年前ほどに高校の時にめちゃくちゃ好きになった男の子について歌った曲「後輩君」というラップの曲をYOUTUBEにアップしたところ「これは良い曲だ」「泣いた」「素晴らしい」という反応を受けて、気を良くした僕は(よし、2曲目はガラッと雰囲気を変えて流行の雰囲気の曲を作って評判をあげよう)と思いトラックを作ってもらい、流行を意識したラップを作ったところこれが大コケしてしまYOUTUBEのコメント欄に「後輩君という名曲を世に送り出した人間と同じ人とは思えないほどの糞曲」という身内からの刺殺を食らい寝込んでしまいました。

だいたいが2曲目のPVのコンセプトは「海で30人くらいの美少年に囲まれて僕が酒を飲みながら歌ってる」というもので今の自分には実現不可能な規模の絵を浮かべてしまっていたのがまず一つ目の失敗で、実際募集の段階になってもそこまで集まらず、しかし持てる人脈の全てを使って何とか7人ほどの男を揃えることができたのですが、その中でイケメンは3人ほどであって、あとの4人は普通の男という状態。まあでもまったく集まらないよりはいいし、何よりほぼほぼボランティア状態で撮影地である江ノ島まできてくれる男の子たちには感謝だと感じていたのでこれはもうやるぞ、やるしかないと自分を鼓舞していたところイケメン3人の内2人から当日の撮影にいけなそうという連絡をうけとうとうイケメン1人と普通の男4人、プラスでデブの男好き1人という不穏な匂いが漂い始めこれはヤバイと判断した僕が事務所の先輩芸人、ぷらんくしょんのラティーンさんというアラスカと日本のハーフの女性の芸人に声をかけて来てもらうことで状況を打開しようとしました。

撮影には僕の金字塔「後輩君」のPVを撮ってくれた堀切さんというプロでカメラの仕事をしている人に今回もお願いしたところ快諾してもらい、僕はもうこれでこのPVの成功を確信して眠りについたのですが、いざ撮り終えて皆に見せたところ「画質が綺麗なぶん、なにかおかしい」「ラティーンが変」「めちゃくちゃ変なやつがいる」などの酷評ばかりが僕の耳に届きました。確かに撮影をしていただいた堀切さんの撮影技術、編集、カット割りともにとても素晴らしく、被写体が僕ではなくスダマサキさんやカメラに映える人物だと非常に素晴らしいPVになっていたと思います。

しかしやはりハゲて太ったバイが何人か男を連れて海を闊歩している異様さはさすがに技術ではカバーしきれなかったらしく、そのせいもありなにかおかしいという雰囲気が出ていました。あとはラティーンさん、これも僕の判断ミスで男で揃えるなら男で揃える、というは最後まで守ればよかったのですが「女性を一人置くことで少しでも普通のPVに近づけたい」というふぬけた下心が動いてしまってコンセプトの無さを際立ててしまっていました。

最後の「めちゃくちゃ変なやつがいる」というのはPVにて、僕の後ろで常に苦笑いでステップを踏んでいる飛鳥という人間です。飛鳥については僕はその当日初めて会ったのですが、というのもさすがにこれじゃあ人が少なすぎるだろうとなった時に僕の知り合いが「じゃあ・・飛鳥さん呼びますか・・」と
しぶしぶ出した秘密兵器のような感じで呼んでくれたのが飛鳥でした。飛鳥は江ノ島まで来てくれたのはいいのですが、本当に「他人の体が触れない」らしく逆にこちらから飛鳥の体を触ろうとしても「わああ!!」と言ってだいぶ向こうに逃げていってしまうような人でした。今回のPVでは僕にラフに肩を組んだりしてほしかったので「悪いんですが、少しだけ肩を組んでみてもらえたりってできないですかね?」と頭を下げて頼んでみると「やってみます」と言って少しだけ僕の肩を手で触って、「あああ!」と言ってまた少し向こうに走っていってしまいました。

そんな飛鳥さんがかなり努力してくれて2時間くらいかけて全身を震わしながら僕の肩を2回撫でれるようになったのを皆で喜んでいた時、なかなか喋らなかった自分の子供が初めて喋った時のような感動をあの場で全員で共有できたと思います。

しかしその感動の共有と同時にPVの理想の完成は飛鳥というとどめの登場によって完膚なきまでに叩き壊されたことも肌で感じました。僕含めみながぎこちない中、群を抜いてぎこちない動きで悲しいのか楽しいのかまったく読めない表情でモゴモゴ動いてるのが飛鳥なので皆さん見てみてください。

長くなりましたが、この2曲目の大ゴケをうけて今度は弾き語りで余計な装飾は無しに本来の自分の歌の最初の部分に戻りたい、ということでギターを練習しています。

ギターを弾いて愛を歌う、ほぼジョンレノンですがジョンレノンぐらいにならないとやっていられないような状態に12月の僕はなっていました。それは更新料を払うために夜勤を6連続で入れて、1日休んでまた5連続、といったありえないほどバイト期になっていてその合間にお笑いのライブやオーディションもあるので最後のほうはもう爆発していて「冷めた愛で暖めた 暖かい手が愛を冷した」という素晴らしい歌詞が生まれました。

理想は僕と美少年の2人のフォークデュオ「おとこうた」での弾き語りなのですが、たぶん無理なので僕が曲をつけて一人で歌います。

僕は最近彼女が東京にきてとても楽しいので、彼女との恋の歌も歌いたいです。「おとこうた」で彼女との恋の歌を歌うともう何が何やらで迷路みたいな感じになりますが、それはそれでよさが生まれるのではないかと思っています。

この前のクリスマスの時に、僕が彼女に何かプレゼントしようと考え手紙とちょっとした指輪2個とあったかい靴下をあげたのですがいざ彼女に渡してみると、その指輪が二つともありえなくらい大きくまったく彼女の指に合わず、どうしようもない空気になったことがあったのでそれなどを曲にしようと思います。タイトルは「合わない指輪」です。

思わせぶりなタイトルですが、実際男の僕でもぶかぶかなくらい大きな指輪をプレゼントして気まずくさせたというそのままの意味が込められているだけです。なぜあんなブカブカの指輪を買ってしまったのだろうと後悔したのですが、買ってしまったものはもうしょうがなくいくら後悔しても取り消せないのです。

彼女から「無理なことはしないで」と言われたのですが2018年は彼女にだいたい合うサイズの指輪を買えるくらいにはなりたいです。2018で思い出したのですが、手紙の中でも「2018年は」と書いたあとに2018の部分を二重線で消して下に「ごめん..!」と書いて「2019」と書き直すというキモすぎる間違いをしていたのでこれは自分でも嫌でした。今年もよろしくお願いします。

by akuta-seiryou | 2018-01-12 23:39 | 日記 | Comments(1)

豆もやし

この前スーパーで買った「キムチ豆もやし」がめちゃめちゃ不味かった。一袋70円でおつまみに最適!という風に書いていたのでこれはいい、と思って買って食べてみたところありえないくらいの苦味とキムチの酸っぱさと豆もやしの臭さがふんだんに使われていて久しぶりにこんなものは食べられない・・というものに出会ってしまった。

本来好き嫌いがあまりないので、これだけは食べれないというものはあまりないのですが唯一この豆もやしがエントリーしてきた。食べれないほど不味いものに出会うと驚いてしまう、と同時に少し怖くなる。こんなに不味いものが世に出回っているということは、この商品をOK出した人がいるというわけでこれをもしかしたら不味いと思っているのは自分だけなのか、と思い恐る恐る一緒にご飯を食べている人に「これあんまり美味しくないよな?」と確認すると相手も「うん。美味しくない」と答えてくれて一安心してそこからは仲良くご飯が食べれる。


ただここで「え?いや別に美味しいけど」とそれをバクバク食われ、後から来た友人たちもそれを美味い美味いとバクバク食い始めたらもうダメで、こんな不味いものをよく食うな!といってもこっちがおかしいだけになり共感が得られない。僕がもし扉を開けて、あのキムチ豆もやしを大量の人間が笑いながらバクバク食いまくってる部屋に入ってしまったとしたら恐怖でそこにいられないと思う。絶対に分かり合えないからだ。


僕はあまり映画をつまらなかったなあ~と思ったことがない。だいたいの評価が「面白かった」「すごく面白かった」という感じになり、たとえあんまりだなあと思ってもつまらないというよりよくわからなかった、という感じになる。だから一緒に映画を見た人が感想で「つまらなかった」と言っていても別に気にならない。自分のすごく好きな映画も見る人が違えば、全然つまらないということなんてよくあることだろうしつまらなかったという理由を聞くことでその人の物の見方とかが少しわかる気がして全然コミュニケーションだと思う。

ただ、料理は怖い。あんなに不味いキムチ豆もやしをバクバク食べれるなんて、おかしい、あなたは私と違う、こわい!と思う。部族の番組とかでよくある虫を食ってスタジオの人たちが「えええ~!!」と叫ぶ、あのえええ~!!は明らかに「こんなものを食ってるなんて私たちと違う!」という叫びで、その虫を食うことでそのタレントはその部族に認められる。という流れになるのが多いのも相手の食文化に飛び込む、というのはそれほどすごいことであきらかに別世界への一歩だからだ。


大人の食べ物、という言葉もこれが食えたら大人という別の世界への一歩だよねという感覚があって言葉になっているのだと思う。僕の場合は日本酒が飲めるようになったのが最近では別の世界への一歩だった。お酒を飲み始めた時はビールやチューハイなどを飲んでいた。日本酒を始めて飲んだ時はダメだ!!こんなもの苦くて辛くて飲めない!!と思っていたのですがある日お酒が何もない時、もらいものの日本酒だけがあり、それを飲んでみたところ、以前よりいける気がした。そこで僕はネットなどで日本酒が出てくる漫画や日本酒最高!みたいな内容の文章を探してたくさん読んだ。

僕は結構そういうものに影響を受ける部分があり、割と最近まで固形チーズがまったく食えなかったのですが何かの漫画でチーズとビールを美味そうに食べて飲んでしているキャラが出てきたのを見て無性に食べてみたくなり、食べてみるとやはりまだ苦手な感じはあるけども、ちょっと美味いと思う部分もわかるということがあったりしたのです。

そこから日本酒が少しずつ飲めるようになり、今ではビールにつぐ好きなお酒第二位になっている。日本酒は持ち運びができるのがよくて、以前空のペットボトルに日本酒を入れてライブ会場に持って行き、ライブが終わったらそれを飲もうと思っていたところ先輩芸人にそれを発見され「木田は、ペットボトルに日本酒を入れて持ち歩いているの?」と聞かれ非常に情けなくなりました。

しかしそれからしばらくしたころに別の人がもう芸人を辞めたけどめちゃめちゃだった芸人さんの話をしていて、そのエピソードのひとつに「空のペットボトルの中に日本酒を入れてきてそれを舞台の袖でずっと飲んでる」という前半部分だけまったく僕と同じという話があり、そうはなったらおしまいだと思いもうやってません。清潔感をゲットしないといけないからです。僕はガクヅケというお笑いコンビをやっているのですが、売れるためにあと必要なものは清潔感です。

ネタはやっていけばさらに面白くなるでしょう、経験やキャリアを積めば芸人的な部分はしっかりとしていくでしょう。しかし外見は、外見はそれ以外の部分で努力しないと変わらないのです。

僕は可愛らしい彼女がいるのですが、その彼女とこの前くら寿司に行った時に「しゃりカレーうどん」という細長いお皿にカレーうどんとちくわの天ぷらが入っているものを食べていた時、最後ルーがすごく余ったので皿をつかんで持ち上げルーをズズズズ・・と目を閉じて吸っているところを彼女にスマホで撮影されてしまい、それを見たところこんなに情けない姿があるかというほど情けなくこれはダメだ、これはどげんとせんといかん、と思いました。しゃりカレーうどん自体はめちゃめちゃ美味しいんですけどね。その写真から伝わるのは1杯のしゃりカレーうどんを泣きながら味わって食べてる、みたいな切なさと危うさがありました。普通に美味しく食べてただけなのに。いつかくら寿司のCMができるようになったら、あの目を閉じて皿を持ち上げしゃりカレーうどんの最後のルーを吸っている姿を
写してもらって「木田食い」みたいな名前で流行らせてほしいです。吉野家の「管田スペシャル」みたいな感じで。

くら寿司すごい美味しいですよね。ぼくは肉厚しめさばが好きです。めちゃめちゃ好きだ。あとは最近「天ぷら定期券」というものをゲットしました。これは300円で購入すれば、はなまるうどんで天ぷらが1個無料、しかも吉野家でも使えて吉野家では丼や定食が80円引きになるというスーパーカードです。これを会う人会う人に勧めてるんですが「天ぷら定期券がすごいんです!」「天ぷら定期券もう持ってますか?」と「天ぷら定期券」という言葉を使う度に未だ遠いメディアの世界がまた1歩、また1歩と遠くなる気がしてしまいます。

これもひとえに自分の清潔感の無さが原因なので、いつか綺麗な姿になり、ワンランク上の天ぷら定期券が似合う男になりたいです。キムチ豆もやしにキレているブログを書いてしまっている時点でまだまだ遠いです。終わり。

by akuta-seiryou | 2017-09-25 22:43 | 日記 | Comments(0)

夏休み

この前マセキの事務所ライブを家族が観に来た。僕の家族は奈良に住んでいるのだけど、お金がもったいないからと母親、父親、弟の3人で8時間かけて軽自動車で東京まできたらしい。母親が自分で「軽ってなあ笑」と軽自動車で東京までくることを笑っていた。自分で笑わないでほしい。深夜の3時ごろに奈良を出発して11時ごろに東京についたという話なんですが、スタンドバイミーみたいでいいなと思いました。静岡のパーキングエリアで蕎麦を食べたらしいです。

ライブも終わり、家族で久しぶりに焼肉を食べに連れて行ってもらった。そこで前に僕らがABCお笑いグランプリという大会の最終予選に進んだ時に父と母が会場まで観に来てくれていたので感想を聞くと「船引くんは体が震えてて、光世は顔が真っ赤になってたなあ」と言われてへこんだりした。まだまだですね。その後両親は新宿のホテルに泊まり、弟は僕の部屋に泊まることになった。

僕は他の兄弟と比べても割と弟が好きな部類に入ると思う。年が7歳離れているので可愛らしいし、背も低くて可愛いのだ。弟が小さいころからずっとチュウをしていて、高校の時に僕がバイというのを知っている友達が家に遊びに来た時にふざけて弟にチュウをしたら、友達に弟のことも好きなバイと思われて「ほんまにそんなんあかんと思う」と言われいやこのチュウはバイ関係ないから、と訂正しても納得してもらえなかった時に弟にチュウをするのは自然なことではないんだとわかった。他の兄弟もチュウをしてると思っていた。あと2年前くらいに弟が東京に遊びに来た時、弟をひざの上に乗せて抱っこして座っている僕の写真を船引さんが撮って見せてきたのですが、その写真がめちゃめちゃ気持ち悪かった。なんというか、弟を後ろから抱きしめる感じで手を伸ばしていて体をぴったりとくっつけていて、隙間なくくっついて顔も弟の首のところに後ろからもたれかけていて依存を表現した、みたいな雰囲気の写真だった。足りてないものを補うというのか、子離れしていない母親の不気味さみたいな悲しい気持ち悪さがあった。よくない。

弟はポケモンGOのイベントに行きたかったらしく、翌日それをやりにいこうということになり横浜のみなとみらいまで行くことになった。みなとみらいで降りてしばらく歩くと広い公園みたいなところがあり、どうやらそこでレアなポケモンが捕まえられるイベントが行われているらしく弟は大喜びでポケモンGOをプレイしていた。僕はというとポケモンGOをやっていないので弟の横をついて歩いていたり海沿いだったのでくらげを見つけて少しテンションが上がったりしていた。久しぶりに弟と遊び、お兄ちゃんと言われ(「お兄ちゃん」と弟から言われると”俺はお兄ちゃんだ!!”という気持ちになり気が引き締まる感じがするのです)良い感じの気分になり、ポケモンGOも一通り遊んだので電車に乗り帰ることにした。しばらく地下鉄に乗り、山手線に乗り換えると、おそらく40後半を過ぎているかと思われる男が電車のドアのすぐ横の座席を壁にしてもたれられるスペース(そちら側のドアが開くと大量に人が降りる場合1度ホームに出ないといけないスペース)に立っていた。その人はとても混んでいる電車の中にもかかわらず、真っ黒な大きいリュックを背中に背負ってかたくなにそのスペースを譲らず、その時点で僕は変な人だなと思ったので弟と一緒に離れたところに移動しました。

普通に電車が動いている時でもその人はそのスペースを堅守しようとするので周りにガンガン体やリュックが当たっていて周りの人もあからさまに迷惑そうな顔をしていて、僕が弟に怖いなあと言うと弟も黙って頷いていました。駅が恵比寿についたとき、何人かの乗客が降りていくのに少し遅れて1人の若い女の人が「すいません。すいません」と言ってホームに降りようとすると、その男の人が両手で吊革につかまりその女の人が降りてくるのをガードするように車内に背を向けて立ち塞がりました。女の人はその男に降りるのを阻まれてしまう形になり、慌てながらすいません!通してください!と言ってもう一度いこうとすると、男が自分の体を振り子のように大きく前に揺らし、そのままうしろにつっこみ女の人を弾き飛ばしました。女の人は床に倒れてしまい、周りにいた人があんたなんなんだ!と言うと「俺はこのリュックに大切なもんが入ってるんだからさ!触るなよ!」と怒鳴って車内を凍りつかせました。女の人はその隙を見て走って降りました。

それから僕らは黙って電車に乗り、新宿についたので降りると弟が「東京ってあんな人がいっぱいいるん?」と聞いてきたので「いっぱいおるよ」と言うと「すごいなあ・・」と言っていた。騙せた。本当はちょこちょこしかいない。ただ弟が「普通じゃなかったなあの人・・あ、でも普通とかは言ったらあかんな」と高2にして普通という線引きを使わないというモラルが育っていて素晴らしいと思った。「お兄ちゃんは、お兄ちゃん、て呼ばれる時とああいう人がいるのを見たときにテンションあがるねん」と言うと「一緒にすんな」と言っていた。しっかりしている。頼むからお母さんが現在進行形でハマっているスージーコインも止めてくれ。僕の弟にしかできない仕事です。頼んだよ。

そんな弟ももう奈良に帰り、僕らはキングオブコント2回戦で敗退してしまい、そろそろ夏が終わりそうになってしまっているのですがなんと駆け込みで8月26日に由比ヶ浜でラップのPVを撮る事にしました!!夏のうちに1曲ラップを出したい!!という強い思いが8月の真ん中あたりにきまして、知り合いのトラックをメイクできる人に声をかけてトラックをつくっていただきめっちゃ夏っぽいメロディーのトラックをもらいテンションが上がり、イケメンや美少年をたくさん集めて海でPVを撮ろう!!と思い立ち、知り合いづてに声をかけてもらったりTWITTERで「16歳~25歳までの男性を募集しています!」という怪しさ全開の告知文を投稿したりというかいもあってか今のところイケメンが6人揃うことになっています。

イメージとしてはRIPSLYMEさんやNOBODYKNOWSさんのようなPVを撮りたいと思っていて、海沿いを歩く僕をイケメンたちで囲んでもらってラップしたい、という感じですのでもし8月26日にいけるよ!!という人がいれば僕のTWITTERから告知画像を見て諸々の条件をOKしてもらえればきてほしいです!!!いい夏にしましょう。僕はこの曲の前に「後輩君」という高校の時に好きになった男の子の曲を作ってYOUTUBEに上げたのですが、今回の曲はそれとは雰囲気をかえて涼しい夏のチューンという感じで作りたいと思います。この前その夏のやつのトラックをつくってくれたhikaruyamadaさんという方と二人でご飯を食べていて僕が「PVに出てくれる良い男の子いないですかねえ・・大学のミスターコンテストとかから探せばいいのか!どうなんですかね、山田さんもちょっとみてみてくださいよ」と延々PVに出てもらいたいイケメンの話をしているのを聞いた山田さんがワインを飲みながら「曲を作らないとPVも撮れないからねえ」と言ったときハッとしたのですがまだしっかり曲ができてません。しかしもちろん当日までにしっかりとしたものに仕上げていきます。
ご参加ください。

by akuta-seiryou | 2017-08-21 00:40 | 日記 | Comments(0)