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文豪

胸ぐらを掴むような怒りもなければ全てが止まるような感動もない。無い物といえば無いのだが、他にあるものといえば無い気がする。愚にもつかない思いを毎日こしらえては、粗雑な飯を食い、昨日と変わらぬ自分がただそこにある。品のいいものが手に届かないかと言われればそうではなく、ただ汗を流す努力をし外で安価な飯や甘食酒などを控えると手に入るが、これらを我慢することができず、ただ何も考えていない体を満たす。平日凡凡な生活の中に、忙しさということが加わるだけで足踏みか前進かもわからぬ毎日が睡眠の中に消えてゆく。想い人の美しさと過ぎる時間の心地良さは、おだやかな不安の中に笑顔で立っている。それでも愛しい人、いつまでも変わることなく2人で立つ不安の窓辺に、雨が降り、日が差し、景色と二人は変わるだろう。貧乏は敵とも味方とも思わない。金はあるほうがよい。これらのことは善いとも悪いとも言えず、ただ、そうだというだけである。とにかく僕は今ある現実の全てが愛しく、また等しく悲しい。例えば、太陽の日差しに当たると気分が良くなる瞬間、生き物としての自分への理解の可能性がある。


by akuta-seiryou | 2018-11-23 06:21 | 色々 | Comments(0)

変なやつ

かっこいいものになりたい。かっこいいものに、シュッとしていて、顔も良くて、機転がきいて、愛嬌があって、ミステリアスで、おもしろくて、感情の機微が読める、というのが僕の思うだいたいのかっこいい要素だ。真逆だ。自分とは。かっこいいのに愛嬌がある人がいる。反則だ。ぼくが黙ってニヤニヤしてお酒を飲んでるような打ち上げで、かっこよくておもしろくて場をうまくさばく、それでいてうるさいわけではなく節度のある盛り上げ方をしている人がいる。格好が良い。


ぼくは5人以上の人数になると、会話のペースに入れずあまり喋れなくなる。嫌いとかではなく、タイミングがよくわからなくなる。どれだけ仲のいい人たちでもそうなるので緊張とかではないと思う。子供のときからそうだった。なので小中高と少ない人数で、お気に入りの友達を集めて喋っていた。大勢で喋る時は明るく楽しいのでそれはそれでいいのですが、みんなで喋ってるとなぜか急に理由なく寂しくなる時があって、そういう時はぼくが集めた不気味な友達を校舎の誰もこない所によんで喋っていた。


中学の時には岸谷という友達がいて、そいつは自分のことを「こっち」その他の人のことを「そっち」と呼ぶ他人との境界線をめちゃめちゃはっきりとひいているやつで、楽しかった。ロシアの土の層について調べたい、という話を延々とされた記憶がある。小学生の時は平賀という虚言の気があるやつで、外を指して「ここからみえるとこまでが僕のお父さんの土地やねん」と言っていた。平賀の家はそこまで裕福ではなく、普通の家なので明らかな嘘であることは確かだが、僕はほぉ〜とずっと聞いていた。平賀としても明らかな嘘を延々と聞いてくれるのは楽しかったのだろう、それからも何回も色々な大きすぎる嘘を言われた。平賀は高校を卒業し自衛隊の炊事班に入ったらしい。それを聞いた19歳の僕が奈良で「なんでやねん!!」と言った覚えがある。そういう、人目のつかないところで変なやつを集めるような癖は大人になった今でもあまり変わらない。みんなに隠れてフェーというコンビの篠原さんという顔がすごく変な人と二人でご飯に行き、顔を高速で振ってもらったりして笑っている。ぼくの憧れる人はそんなことしない。


変なやつが近所に住んでほしい。夜中ぼくがいつ電話をしても出てくれて、散歩に延々と付き合ってくれる変なやつ。変な人の話を聞くのが好きだ。こういう人に会いたい、という例は「とくになにをやりたいでもないけどとりあえず東京で一人暮らししていて、毎日日記をつけてる」人とかです。僕は暗い変な人が好きなのだと気づいた。変わった人は多くても、中でもタイプな変な人を探すというのは難しいことなのだ。これからの人生では、長い期間をかけて僕のタイプな変な人と知り合っていけるような人生にしたいとおもう。仲良くしてもらえるかはわからないが、話題をたくさん用意しておこう。


by akuta-seiryou | 2018-11-07 03:31 | 思い出 | Comments(0)