この町の子といえば馬鹿ばっかりだと私はホントにそう思っていた。
最初パパから栃木の片隅の田舎町に引越しをすることになると思うという話を聞いた時私は家で目が真っ赤になるほど泣いた。だってせっかく中学に入ってクラスにも馴染んで、小学校からの友達のマアヤと一緒にバトミントン部に入って楽しく過ごしていたのに、それなのに中1の9月に引越しなんて、パパは私の気持ちがわからないの?と泣きまくってパパとママを困らせた。パパとママは「まだ9月だから向こうでもすぐ友達はできるよ。クミは優しくて可愛い子なんだから」と言って慰めてきた。それでも私は泣き止まなかった。
あんまり私が泣くものだから、とうとうママは「中学生にもなって・・・事情があって友達と離れるのはしょうがないでしょ!東京と栃木なんてそんなに遠くはないんだから!会えばいいじゃない!」と怒っていた。それでも私は泣き続けた。だって、友達と離れたくないっていう気持ちもホントだけど、ホントはパパとママに言ってない事があったんだもん。
それは、私がバトミントン部の先輩で3年生の仲松さんに一目惚れしていたということ。仲松さんを初めて見たとき、あ!ほんとにジャニーズみたいにかっこいい人っているんだ!って思った。髪はちょっと短めなんだけど、鼻が高くて目が大きくて、でも笑った時は顔が可愛い子犬みたいにクシャってなって、その大きな目も一瞬で笑顔の中になくなっちゃってすごく可愛いの。今年の夏が終わって引退したんだけど、ちょくちょく部活を覗きにきてくれるの。8月に引退してからちょっとずつ髪の毛も伸ばしてるらしいから、これからもっともっとかっこよくなるんだと思う。
とにかく私は一目惚れした仲松先輩の元から離れなきゃいけないのが耐えられなかった。でもやっぱり私がどんなに嫌って言ってもパパの仕事の都合は変わらなかった。9月に私たち家族は自動車で新しい家に向かって東京を出た。
私が参加する最後の練習の日、マアヤたちが泣きながら手紙をくれた。後ろには引退した3年生の人たちも何人かいて、そのなかに仲松さんもいた。私は最後にマアヤに仲松先輩と私のツーショットの写メを撮ってもらった。仲松先輩はニッコリクシャっといつもの子犬みたいな笑顔で写ってくれてたけど、私は泣きじゃくっててすごい不細工だった。でもそれが私の唯一の宝物。ケータイの待受にしていつでも見られるようにしてある。
私が通うことになった中学は周りに商店街があったりしてなんだか全然おしゃれじゃなかった。通ってる人も東京の中学とは違いなんだか野暮ったい感じだし、男子もおなじくでニキビの坊主みたいなやつばっかりでホントにパッとしなかった。
「東京から来たんだ?私も東京行ったことあるよ!スカイツリーとかだよね?」
「東京から来たんだ!ふ~ん。俺も親戚が東京に住んでるよ。なんか狭くて家賃だけ高くてあんま良くないって言ってるらしいけど」
東京東京東京東京・・皆栃木が変に東京に近い分、そんなに意識をしていない振りをしてまるで元からひとつの仲間みたいに話しかけてくる。私はそれがたまらなく嫌だった。だからわざとツンとした態度をとっていた。
それでも、学校の皆は優しく接してくれてきた。何かみんなで遊ぶ話があれば必ず誘ってくれたり、お弁当の時間もなかば無理やりだけど私の腕をひいて一緒に食べてくれたりした。
「あ~すごい!クミちゃんのお弁当すごいおいしそう!お母さんがつくってるんだよね!羨ましいな~」
毎回わざわざ私のお弁当やちょっとしたペンや靴下とかを褒めてくれて、だんだんとわざとツンツンしてる自分が恥ずかしかった。皆は私がはやくこのクラスに馴染めるように手を出してくれてるんだ。それを私は見栄
ばっかりはって断って・・なんて私は子供なんだろう。そう思うと情けなくて、つい「ごめんね」と声に出してしまった。「え?」と一番私に話しかけてくれていたアサミが聞き返してきた。
「今まで仲良くしてくれようとしてたのに、ごめんね!!」
そう言うと私は胸のつかえがとれたようにワーワー泣いてしまった。アサミがよしよしと頭を撫でてくれた。
その一件以来私はやっとクラスに馴染むことができた。そして今日、初めて同じクラスの仲良しの女の子5人と町に遊びに行くことになった。
私は白色の毛糸のセーターにジーンズを履いて、おめかしして集合場所の駅まで向かった。駅前で集合した5人と会うのはなんだか照れくさかった。だって学校では制服だから私服の自分を見られることもないし、逆に私服の友達を見るっていうのもそれはそれで照れくさかった。
少し早めについたのでベンチに座ってまっていると、皆がぞくぞくとやってきた。彼女たちの服もとっても可愛かった。皆口々に「クミちゃんのセーター可愛い!」などと褒めてくれる。なんだか照れくさい。じゃあどうする?ということになって、まずは近くのゲームセンターでプリクラでも撮ろうかということになった。駅から歩いてすぐのところにあるゲームセンターは土曜日ということもあり結構混んでいた。
お目当てのプリクラコーナーにはすでに何組かが待っていた。私たちはその列の後ろに並んで他愛もない話をしていた。するとアサミが私の肩を指でちょんちょんと叩いて「あっちむいてほいやろう!」と言ってきた。
私は何でいきなりそんな子供っぽい遊びをするのかと思ったけど、なんだか可笑しくて笑いながら「いいよ」と答えた。
じゃんけんぽい あいこでしょ じゃんけんぽい あっちむいてほい
じゃんけんぽい あいこでしょ じゃんけんぽい あっちむいてほい
試合はなかなか盛り上がった。私がヒートアップして「あっちむいてほい!!」と右を指した瞬間、指先がヌメっとしたものにくわえられた感覚がした。驚いて指の先を見ると、40歳くらいのおじさんが私の指をヌッと加えて立っていたのだ。
「キャアアーー!!」
私は咄嗟に大声で叫び、おじさんの口から指を引き抜こうとする。でも不思議と全然離れなかった。
「ちょっと!このおじさんなに!はやく警察よんで!」
そう言ってる間にもおじさんは私の指をくわえて離さない。指先におじさんの舌のようなザラっとした感触が当たり、全身に鳥肌が立った。
「ちょっと!ボーッと見てないで助けてよ!」
私は思わず一緒にあっちむいてほいをしていたアサミに怒鳴ってしまった。
「いや、ごめんねクミちゃん私忘れてて・・」
「はあ!?」
「いや・・そのおじさんのこと・・その・・そのおじさんがくるのってすっかり忘れてたの」
「くるってなに?このおじさんが?そんなことよりちょっと助けてよ!」
「ダメ。本人以外はそのおじさんに何もしちゃいけないって決まってるから・・」
アサミは申し訳なさそうに目を伏せた。私はアサミが何を言っているのかわからずとっさにゲーセンの中の大人たちに助けを求めた。
「ごめんなさい!助けてください!ずっとこのおじさんに指を舐められてるんです!」
おじさんは口の中で私の指を舐めて転がし始めた。舌のザラザラとした部分とヌメヌメとした部分が不規則に触れる。
「ひぃぃぃぃ!」
それでも周りの大人たちは同情したような顔をして眺めてくるだけだった。こんなことになるんだったら最初からこんな田舎の子達のことなんて信じなかったら良かった。やっぱり野蛮で変な文化がまだまだこの田舎町には残ってるんだ。そう思うと気が遠くなり倒れそうになった。しかしここで失神したらこのおじさんにさらに何をされるかわからない。私は立ち向かう力を入れ直そうとポケットに自由なほうの手を入れた。あった。私はポケットに入っていた携帯を握りしめ取り出した。開いた。そこにはあの日の仲松先輩と私が写っていた。仲松先輩は相変わらず可愛い笑顔で笑いかけてくれる。今仲松先輩はどうしてるんだろうか。もうやっぱ彼女とかできたのかな。私もはやく仲松先輩に釣り合うような女になるために、このピンチを乗り越えよう!そう思った瞬間、急に白くてドロッとした液体が携帯の待ち受けの上に飛んできた。そのドロっとした液体は一瞬で仲松先輩と私の写真を濁らせた。どこから飛んできたのかと目線をずらすと、その白いネバネバした液体はおじさんのオチンチンから出されていたみたいだった。おじさんの大きくなったオチンチンから仲松先輩と私の写真を汚した白いドロっとした液体がビクビク出てるのを見て確信した。
私はとっさに携帯の蓋を閉じた。ヌチュッという感覚と共に携帯が締まる感触が手に伝わってきた。私はもう何も言えなかった。唯一の仲松先輩との思い出をこのおじさんのオチンチンから出た汚い液体で汚され、こうしてる今も指を口の中でヌルヌルザラザラ舐められている。そしてそれを誰も止めてくれない。絶望だった。目を閉じて立ち尽くしていると、こちらに向かって走ってくる音が聞こえた。
「君!ライターは持ってないの!?」
目を開けるとそこのゲームセンターの従業員らしき人だった。私の指をくわえているおじさんと同じくらいの年に見える。私は何を言われてるのかももうよくわからなくてただただ返事をした。
「ライター・・ですか?」
「持ってないと思います・・」
一緒に来ていた同じクラスの川瀬さんがオズオズと言った。
「君たちは!?持ってるんだろ!?」
ゲームセンターのおじさんは他の4人にキッと目を向けて言った。すると皆申し訳なさそうにポケットからライターを取り出した。
「誰か、貸してあげなさい」
4人とも下を向いたまままったく動かない。
「貸してあげなさい。この娘、友達なんでしょ?」
しばらく黙った後、アサミが口を開いた。
「でも、このライターは絶対に貸しちゃいけません。ってお母さんも、先生も言ってたし・・」
ゲームセンターのおじさんは大きなため息をついて、周りを確認してポケットからライターを取り出し私の手に握らせてきた。
「これを使いなさい。このライターはもうあげるから。おじさんはいいから」
「・・どうやって使ったらいいんですか?」
「それも知らないのか・・君、ここらに越してきたばっかか?」
「はい」
「そうか・・このおじさんはな熱さには少しだけ弱いから、こうやってライターで頬っぺたを燃やすんだ」
そう言っておじさんはライターをつける動作をした。
「頬っぺたを燃やすんですか?」
「ああそうだ」
「警察・・警察とか呼んじゃダメなんですか?」
「警察がきても一緒だ。むしろ後がややこしい。今の状況だとライターを持ってない君が罰せられる可能性もあるんだぞ?」
「えっ・・」
「わかったら、ほら、ライターでこのおじさんの頬っぺたを燃やしなさい。そのかわり、途中で絶対やめてはいけないよ!
おじさんが君の指をくわえてるのを離すまで、絶対にライターで頬っぺたを燃やしつづけないといけない」
「なんでそんなこと」
「はやくしないと、指がおかしくなっちゃうよ。病院にいっても理由が理由だからまともに診察なんかしてくれないんだから」
私はせかされてライターをこすった。ライターをこすって火を出すなんて正月にふざけてパパのタバコに火をつけた時以来だ。
その火をおじさんの頬っぺたに持っていく。ジジジジとおじさんの頬っぺたが焼けて、燃えていく音がした。それでもおじさんは指を舐めるのをやめない。
おじさんの肉が焼けていく悪臭が鼻につく、おじさんの顔も見てられないものに変わってきた。ライターを点けている指が熱い。おじさんはまだ私の指を舐めていた。それどころかさっきより激しく中で舌を動かし舐め回していた。私は声もあげれずただ目を閉じ鳥肌をたてつづけていた。
とうとうおじさんの頬っぺたが燃えだした。手がすごく熱い。もうライターをつけるのも耐えられない。そう思った瞬間、おじさんの舌の動きが止まった。
私はもしかして終わったのかと思い、目を開けた。その瞬間におじさんがすごい形相で目を開き
「んんんんんんんんんんんん~~~~~!!!!!!!!!!!」と私の指をくわえたまま唸り、舌をベロベロベロベロと動かしだした。
「キャアアアアアアアアーー!!!」
私は恐怖で思わずライターを離して体をのけぞらした。すると私の体はおじさんから離れてプリクラ機にぶつかった。やった。おじさんがとうとう私の指から口を離したのだ。そう思い舐められていた人差し指の部分を見ると、綺麗にそこだけ噛み切られていた。おじさんは頬っぺたにすごい大きさのケロイドをつくって床に倒れている。息はしていないようだ。私は気を失った。
次の日起きたら私は病院のベッドで眠っていた。結局少しだけ入院して帰って学校にも復帰した。特に皆とはその日のことは話していないが私は必ず外に行く時はライターを持つようになった。それから人差し指を噛みちぎられてから何故かメキメキと勉強ができるようになって、校内ダントツ1位の成績で県内屈指の進学校にトップ合格したのだけど、高校に入ったらその力もなくなった。